Case 79-4
2021年7月5日 完成(27分遅刻)
『どうしてあなたは近くにいたのに助けなかったの?』
『……』
『私の代わりに彼の側にいてくれたのに、どうして』
『それは……』
『ううん、ごめん
私だって言えた口じゃない……だってあの時』
『自分たちだけで助かろうとしたから』
【2月21日(土)・朝(10:13) 篠鶴高校・辰之中】
それは戦いではなく、ほぼ一方的な暴力であった。
障壁魔術の使える端末は沈黙し
小径も出した見返りに罰則と同等の苦痛で苛む。
そこに車寺による制圧と暴走状態の佐保寺の攻撃。
「……ッ!!!」
最早呻き声を上げる元気すらない。
精神は折れていないが、指先に至るまで身体の動きが鈍くなっている。
再び瓦礫の傍まで吹き飛ばされ、喉を焼く反吐が逆流する。
「うーん……これ以上雑魚先輩を攻撃しても意味ないかな
その端末さえ渡してくれたらいいんで、ちゃっちゃと渡してください」
「……断る……ッ!」
「あっそ」
再び俵の如き空気の重圧に押しつぶされる。
そして更に背骨を粉砕しかねないストンピングを食らい続ける。
皮という皮から致命的なものを零しながら、それでも端末を握る力を緩めない。
「でも気絶無効って厄介ですよね
異能力者には依代の引き受けがあるけど、限度を超えれば砕ける」
「でも八朝さんにはそれが無い
確かに貴方を殺すには化物の咀嚼しか無さそうです」
冷静に八朝が破壊される様を観察する車寺。
皮肉にも、この時になって異能力者の厄介な性質に気付いてしまう。
即ち、致命傷でも依代がある限り死ぬことは無い。
異能力者を殺すには身体を粉砕するしかない……それこそ化物がそうするように。
確かに、彼等も『化物』に違いなかった。
「ま、でも平和に死ねる非能力者にこの苦しみは分からないか
さおちゃんは優しかったから気付いちゃっただけで、他と何にも変わらなかったのに」
「シカト! 陰口!! あまつさえ見て見ぬふり!!!
田舎で朽ち果てるしか能のないゴミクズ如きが上から目線で!!!」
途端に堰が切れたように罵声を叫び
その度に暴力的な下降気流が八朝を打ち据える。
朦朧とする意識の中で、彼女の言動に懐かしい響きを感じていた。
これは過去の自分だ。
気に入らないだけで■■家をしきたりで抹殺しようとしたあの島へ、途方もなく募らせた『憎悪』。
故に彼女はとても危険だと感じた。
取り返しのつかない事をする前に、何としてでもここで野望をへし折らなければならない。
だが、その為には佐保寺を正気に戻す必要がある。
雨止の時は『謎の人物』によって解決してもらったが、今回は自力以外は頼れない。
方法は?
そもそも止める事すら思いもしない。
(……いや、止める方法だけならある)
その為には好機が必要だ。
少ない車寺の魔力が尽き、トドメを刺そうと佐保寺が掴みかかるような……
そんな勝利を目前とした『油断』は程なく訪れた。
「ぐ……ッ!」
「先輩、早く解除しちゃって下さい
さもないと、私はさおちゃんを止めませんよ?」
「潰れたトマトになりたくなかったら早くしなよ」
非能力者の佐保寺では有り得ない、骨を軋ませる程のアイアンクロー。
無論彼女らに与するはずもなく、更に戦いの言葉を口にする。
『■■……!』
「あっそ、じゃあ死んでから解除させてもらうね」
最早興味を失い、伸びをする為にそっぽを向く車寺。
そんな彼女の視界の中に、吹き飛ばされた佐保寺の姿が飛び込んできた。
「な……!?」
車寺が振り向いた時にはその影は無かった。
死にかけの八朝しかいない視界の中で、一際大きな金属音が鳴り響く。
既に柚月による一方的な虐殺の魔の手に佐保寺が囚われていた。
「断罪者はあの妖精ごと……!」
「少し疑問に思っていた、■■とは一体何なのか
雨止の時に、一緒になって神釘の重圧を食らっていた柚月は」
「■■は霊媒だ
謂わば状態異常を受け止める器なのだろう、故に……」
「柚月の魂を■■に転写すれば実体化ができる、と」
即ち八朝が行ったのは一般的な召喚魔術そのものである。
召喚対象の縁の物でパスを繋ぎ、現世に留める為の仮の身体を用意し、魂を招聘する。
本来なら身の清め等の複雑な手順が必要な典礼の筈だが
この場には余りにも強い『縁』が存在した。
それはエリスと共に封じられている端末であった。
『Gtcnu!』
車寺が『空軍殺し』を発動させる。
だが、柚月の攻撃の手が緩むことは無い。
「忘れたか? 人間は飛行物体ではない」
「くっ……!」
魔力も尽きて、万策も無為に終わった車寺が歯噛みする。
だが、八朝の方も窮地に陥っていた。
『金鼬は妖魔を殺す、そこに例外は無い』
彼女に殺しを押し付けてしまった自分が忌まわしい。
せめて柚月の杖の上で紅蓮の花が咲く前に躍り出ようと、一歩……
『ふうちゃん!!!』
それは柚月のような、いや記憶の中の少女のような真摯な叫び。
名前を呼ばれただけなのに、後は全部任せてと言われた気がした。
言うまでもない。
柚月に全てを託す。
「……ッ!」
人を信じようとしない足を、万力の如き精神で縫い留めて
悲劇が映るかもしれない両眼を見開いて、今度こそは全てを見届ける。
そこに、凄惨な光景が映し出される。
日食で揺れる影の中で、一際赤いものが佐保寺から摘出され
その衝撃で彼女の胸から鮮血の如き赤が迸る。
「さおちゃん!!!」
親友の死に抗おうと全速力で駆け寄る車寺。
だが、彼女の腕の中で佐保寺はいつものように正気に戻った。
「え……?」
「はるちゃん?
何が……あったの……?」
血を一滴も零さずに起き上がる佐保寺。
少し離れた柚月の杖の先にある元凶が砕け散った。
柚月は佐保寺の『妖魔』の部分だけを殺す絶技を成し遂げたのだった。
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