Case 76-5
2021年6月20日 完成(37分遅刻)&誤字修正
八朝の異能力に異変が生じているとエリスに伝えられる。
それ以外の懸念事項を抱えて第二異能部の部室へと向かう……
【2月16日(日)・放課後(15:40) 篠鶴学園高等部・第二異能部部室】
「あら、久しぶりね」
「約一日振りだ」
出迎えたのは部長と、打って変わって静かな辻守……のみだった。
まるで歯抜けのようにしんと静まり返る机の一角に目が向く。
「ああ、鳴下さんの事ね……彼女は」
「月の館にいるんだろ」
「……もう知ってたのね
私の根回しも上手く行かない物なのね」
どうやら三刀坂達の事についても部長が裏で止めていたらしい。
理由は言うまでもない……目標が複数できてしまうからの他に無い。
特に『仕事』にまだ慣れていない八朝が複数目標に基づいて行動すれば必ず破綻するだろう。
そんな、経験則からの確信であった。
「それで、貴方はどうするの?」
それは懇願するかのような問いである。
だが、部長は何かを勘違いしていたのか予想外の返答を受けることになる。
「三刀坂については今は心配しない
それよりも気掛かりな事件を持ってきたから検討して欲しい」
「……そう」
部長に今日の休み時間で作成した資料を渡す。
その内容は一貫して『異能力の急速成長』についてのものだった。
「異能力が強くなることは良い事よ」
「そういう訳にはいかない
2枚目にある通り俺がその証拠だ」
部長が2枚目に目を通すと途端に怪訝な表情となる。
そこに滑り込むように端末が分析結果を見せて更に唸らせてしまう。
「表示の10倍の出力……俄かには信じがたいわ」
「ああ、それのお陰で睡眠の術式が完成し
能力を使う度に罰則と同等の苦痛が併発するようになった」
「部長は言ったよな、Slnは異能力者の成長を妨げない
それですら不具合が起きる、もしもNomで同じことが起きれば……」
恐らくここまで知れば部長ですら何かに気付くであろう。
だが、手掛かりはなくまるで霧を掴むような感触に部長の表情は晴れない。
「それで、この件をどうしたいの?」
「部長たちに任せたい
恐らく俺の予想が正しいなら、政治に長けた部長の方が適任だと思う」
「……つまり、何をして欲しいのよ」
「天使の石ですね、先輩」
助け舟を出したのは辻守であった。
『前の6月』からの知識と逆行原理による予知からある程度は察していたのだろう。
依代を増やす事で異能力を増強する『天使の石』
今は篠鶴市に来ていない鹿室が作成し、弘治が異能力者皆殺しの為に放った魔のアイテム。
異能力の急速強化との関係は否定できない。
「アンゲルスって……」
「その『アンゲルス』ですよね、そして先輩は当事者を知っている」
「……まぁ、そうなるな」
部長に弘治の連絡先と、既に手筈は整えている事を伝える。
彼の『計画』に触れない程度で、出来る限りの情報を引き出して欲しい。
「……それだけじゃ足りないわ」
「無論、一人関係者をピックアップした
まずは俺と同じクラスの埴堂に会ってくれ」
「了解したわ」
部長がホワイトボードに資料を張り付けるまでもなく承諾する。
これは『保留』の合図であり、関係者からの聞き込みで事件性が無さそうなら却下するという段取りである。
ふと、いつものの風景に八朝が疑問を挟む。
「そういえばここは相変わらずの閑古鳥なんだな」
「悔しい事にそうなるわね
時に貴方、2個前の空き教室は覗いたかしら?」
そこは八朝の記憶の中にも『空き教室』でしかない場所であった。
相違点に気付けず唸っている八朝に対して、エリスが自信満々に答えてみせる。
『あそこから雨止君の声が聞こえてたね』
「ご名答よエリス
そして、それこそが第二異能部の閑古鳥の原因なのよ」
その一言で八朝も事態を把握する。
まず、現在の学園で『異能部』は依頼を通じて弱い異能力者のセーフティーネットでもあった。
それが不祥事に禁戸の月の館送りが相次ぎ、異能部は事実上崩壊した。
そして、彼らの客であった異能力者達が行き場を失っていた所に
第二異能部の存在と、そして新しくできた『部活』の存在が目に入った。
それが掌藤親衛隊であった。
彼らが正式なクラブ活動を許され、部室を与えられると
用賀が戦略的に集客しようと色々画策したのだろう。
「手は打たなかったのか?」
「逆よ逆
今までは異能部が盾になってくれた人員が親衛隊に雪崩れ込んできている」
「そんなの真っ平御免よ
彼らも数日もしないうちに音を上げるでしょうね」
部長が呆れた様子で親衛隊の盛況ぶりを吐き捨てる。
ここに来て仇とも言うべき存在からの『恩恵』を思い知ることになって八朝が複雑な表情になる。
「別に全てが悪いって訳でもなかったんだな」
「そういうものよ、この世の中は
吐き気を催す輩すらも、私たちの日常を支えているの」
「それを崩せば必ずしわ寄せが来る
もしも貴方が部長を引き継ぐなら是非とも覚えて頂戴ね」
それはあの時の「講和」に対する部長からの苦言であった。
確かにあの結果は一人の狂人の犠牲によって有耶無耶になっただけの奇跡であって、戦略的勝利とはいえない。
どころか、一歩間違えれば全てを失う瀬戸際であったのだ。
「その顔なら問題は無さそうね
そういえば貴方は今から何をするの?」
八朝がふと隣で浮遊する柚月と目が合う。
そう、彼女についても深刻な問題が存在している。
「まずは柚月を人間に戻す」
「……それこそ私たちの協力が必要じゃないの、本当に悪い癖ね」
「いや、あの資料を受けてくれることが協力になる
柚月を人間に戻す前に先の大事件みたいな混乱に巻き込まれたくない」
「それに伝手はある
しかも二人もだ、だから安心してくれ」
部長と辻守の双方から同時に溜息を吐かれる。
いまいち状況の分かっていない八朝に、辻守が同行するという条件で話がまとめられた。
◆◇◆◇◆◇
DATA_ERROR
Interest RAT
Chapter 76-d 幕間 - Transparent Running
END
これにてCase76、予兆の回を終了致します
うむ……埴堂が何やら怪しいですね
更に『天使の石』を彷彿とさせる異能力強化、何が起きてるのでしょう?
そして並行して柚月を元に戻す難題にも直面します
このままでは八朝の背後霊になり続けるので是が非でもなんとなしなければなりません
ええ、何しろ……
次回は『潜入』となります
それでは引き続きお楽しみくださいませ




