Case 76-3
2021年6月18日 完成(45分遅刻)
2021年6月19日 誤字修正
咲良から叱責を受けた八朝。
だがその果てに待ち望んだ『元通りの日常』が帰ってきた……
【2月17日(月)・朝(8:45) 篠鶴学園高等部・1-2教室】
「お、八朝じゃねーか
昨日のアレ、全部見てたぞ」
「そうか」
「あっ、顔色良いけどどうしたの」
「悪い事だけじゃなかったんでな」
この通り八朝は同級生から質問攻めにされている。
話題は昨日の『篠鶴機関との対決』についてである。
大半の人が篠鶴機関への不信感を強めているが、それが全てという訳ではない。
「……」
遠巻きの数人からの無言の視線。
この篠鶴学園のエリート道に篠鶴機関への就職があるいじょう、当然の反応ともいえる。
つまりは、俺達の未来設計を台無しにしやがって……である。
だがその意見が独善的なものである事を彼らは察している。
今はそれが露呈しないように、だが多感な彼らにポーカーフェイスは無理な相談である。
「ねえねえ、何処から来たの?」
「何かどっかで見た事があるような気がするんだが……」
「3メートル以上離れられないんだって?」
因みに、この騒動で一番頭を悩ませているのは柚月の方である。
幸いにもこのクラスには『断罪者』の名前しか伝わっていないので本名を紹介したらこれである。
一番後ろの角の席が幸いして
柚月はカーテンに身を隠しながら言葉にならない受け答えを繰り返している。
「そういえば三刀坂はどうしたんだ?」
その瞬間に周囲の人間がばつの悪そうに口を噤んだ。
そういえば親衛隊のいる間に『検査』が行われたのだが、欠員が存在しない。
何やら嫌な予感がする……
「あー……えっと
あ、明日が大会だからその遠征で……」
「篠鶴学園が遠征なんてした事あったのか?」
「遠征じゃなくて病欠だった! ご、ごめんごめん!」
妙に歯切れ悪く誤魔化されている。
取り敢えずこれ以上詮索するつもりは無いと話すと、元の質問攻めに戻った。
彼らの話に答えていく中で一つの仮説が組みあがっていく……
「よーっす」
ドアを開ける音と、やや聞きなれた声が聞こえる。
今度は別の意味でしんと静まり返った。
「埴堂……同じクラスだったのか?」
「まあ、そうだな」
一言だけ交わして、埴堂が自分の席に着く。
虚を突かれた同級生達が現在時刻に慌てて支度をしに自然解散する。
今日の一時限目は『能力演習』であった。
【2月17日(月)・朝(9:30) 高等部グラウンド・辰之中】
「それじゃよろしくな」
「ああ」
能力演習の内容は主に二つ。
新しい戦い方を試す一人用の『調整』と、二人形式による『演習』。
八朝の今回の演習相手は埴堂である。
「……」
そして、『演習』には観戦参加も許されている。
本来は学園五指レベルの異能力者でないと観戦されないのだが、どうやら今回は違う。
あの『篠鶴機関』に唾を吐き、実際に勝ってみせた新しき猛者。
その称号だけで八朝の演習を観る価値はあるのだという。
(……とは言ってもな
今日の俺はすこぶる調子が悪い、特に異能力が……な)
八朝は今朝の出来事を思い出す。
『目が覚めて』、何ヶ月か振りの伸びをして、自分が睡眠に成功したことを噛み締める。
だが、その裏で八朝はとんでもない代償を支払っていた。
別にそれは『柚月と一緒だった』という方向性ではなく、実害方向なのである。
『Ektht!
……ってお前まだ用意してないのか?』
「……ああ、待ってくれ 『■■』!」
八朝が力強く小径を叫ぶ。
それはギャラリーを大いに湧かせる結果になったが、それが本当の狙いという訳では無い。
そして、埴堂の虹弓にも明らかな変化があった。
「……そこまで小さくなったのか?」
「まあ、な」
埴堂が凶悪な笑みを見せている。
確かに彼のポテンシャルからこのような『急速な』進化もあり得るのだが、何かが引っかかる。
(アイツ……俺の『異世界知識』による搦手を知っている筈
そんな俺の優位をひっくり返すような何かを持っているような表情だった)
エリスに彼から目を離さないよう耳打ちする。
普段はこんな下らない戦いでは彼女を出さないのだが、そう言ってられる余裕はない。
「では両者とも準備は良いですね……演習始め!」
まず動いたのは埴堂……いや、飛んできた。
その手に弓は無く、彼の立っていた所の少し前方に3メートルサイズの虹弓が残されていた。
「食らい……やがれッッッ!」
「……ッ!」
埴堂の突進攻撃に灯杖の咄嗟の突き攻撃を重ねる。
だが、想定以上に『相殺』が上手く行かず、彼の突進で大きく跳ね飛ばされる。
「!?」
誰もが息を呑んでいる。
ノーマークだった埴堂が突如として下剋上を果たす。
だが、それ以上に『相殺』の不具合に皆目見当がつかない八朝が驚愕のまま受け身も取れずに転がる。
「……ッ!」
このダメージで灯杖にびっしりと罅が入る。
何とか立ち上がると埴堂からの煽りを受ける。
「どうした?
篠鶴機関に喧嘩を売ったお前がその程度なのか?」
「……ッ!」
ここで究極の二択を迫られる。
少なくとも情報が不足している現在で、もう一度埴堂の攻撃を受ける必要がある。
だが、灯杖のダメージ状況から失敗する可能性の方が高い。
(……いや、奴は『雷の矢』の異能力だ
俺が前に教えた通り弦を使った移動法を試していたとすれば)
だが、検証の為に思い返したイメージが異なっている。
弦が反対側……即ち彼は自身を『雷の矢』にする突進攻撃を放ったことになる。
(そんな馬鹿な!?
酋長を殺した雷撃だぞ? ただの人間に耐えられる筈が……ッ!)
「シンキングタイムは終了か?
だったら、もう一度食らわせてやるよ!」
目の前に真っ黒な虹弓が再び出現する。
恐らく、身に纏った雷撃の方を『相殺』しようとしてタックルの衝撃を殺しきれなかった。
ならば、やるべきことは一つ。
「■■!」
大鋏を呼び出し、二つに解体する。
この大鋏の強みである『封印』……即ち罰則を封じて依代の枠を一つ増やす。
「これで終わりだ!」
また彼の姿が消え去る。
だがネタが分かってしまえば此方のものである。
彼が身に纏う雷を左手の鋏の片割れで切り裂く。
「な……にぃ!?」
「それだけじゃねぇ……■■ッ!」
右手の鋏の片割れを頭から生えた大雷神の豹変させる。
頭部麻痺……言うなれば脳死による昏倒。
触れただけで埴堂がつんのめって倒れ、そのまま動かなくなる。
「9……10!
八朝君の勝利」
その声を聞いた瞬間に歓声が上がるが
同時に八朝も倒れた事で悲鳴へと遷移した。
「だ、誰か保健室に!」
続きます




