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Case 76-1:虹を弓と見做す能力(Ⅱ)

2021年6月16日 完成


 柚月(ゆづき)霊体(プレイオネ)級として蘇生させる事に成功する。

 そして、このハプニングにより講和は親衛隊側の要件を全部吞むという形で強制終了した。




【2月16日(日)・夕方(17:55) 抑川地区・抑川駅周辺】




「……」

『……』


 エリスも八朝(やとも)も、目の前の光景を信じ切れずにいる。

 あの時窒息死した筈の柚月(ゆづき)が霊体となって生を繋いだのはいい。


 それを八朝(やとも)がやったというのが荒唐無稽に過ぎた。


「あぅ……」


 視線を感じた柚月(ゆづき)が物陰に隠れる。

 こういうところの性格も柚月(ゆづき)本人と大差が無い。


(……俺は依代(アーム)を直しただけだぞ?)

(うん、それ何回も聞いたよ

 でもゆーちゃんの身体にふうちゃんの異能力の2枠が使われているのも本当なんだよ?)


 それは柚月(ゆづき)が本人かどうか確かめる際に出てきた副結果の一つであった。


 制御番号(ハンド)による魔力探査から魂は本人、だが魔力が全て八朝(やとも)のものに置き換わっている。

 その際に八朝(やとも)依代(アーム)の複数展開を試してみたところ、できなくなっていた。


 そこから求められる答えは、先程エリスが言った通りなのである。


『にしても、凄いトントン拍子だったね』

柚月(ゆづき)を殺したのは組織にとっても致命的な汚点だ

 つまりは自分で自分の首を絞めた、ならば当然の事なのだろうよ」


 篠鶴機関は下っ端を『月の館』送りにした。

 余りにも拙速に思える決定だが、どうやら幹部の内輪で昨年末ぐらいに検討されていたらしい。


 名前は非公開のままだったが、あの下っ端は非常に素性が悪い事で有名であった。

 任務があれば完遂するまでに必ず死人が出る、酷い時には死体漁り(コープスピッカー)を盾にした虐待まで行っていたという。


 だが、彼の任務完遂率は組織内でも上位に入る。

 故に幹部たちは彼の事を『情に厚く、敵に容赦が無い、想像力の欠如した野犬』と評価している。


(……荒事以外任せたくなかったのだろう)


 そんな彼を豹変させたのは先の太陽喫茶での逃亡戦である。

 仲間全員が死にゆく様を見て、彼の中の最後の人間性が砕け散ったのだという。


 あれ以降の彼は、左壁(ヘリア)すら出し抜く鋭い知性を以てこの場に潜り込み、そして復讐を為した。


(……いや、今更自分を責めても無駄だ

 俺は人を殺し、恨みを買った……その自覚があればいい)


 八朝(やとも)はもう一度気を引き締めると共に、状況の洗い直しをしてみる。




 『謝罪の代わりとして

  彼女の肉体は我々が丁重に管理しよう』




 それがあの講和の最後の言葉であった。

 柚月(ゆづき)の肉体は篠鶴機関へと送られ、『本物』が使っている装置と同型のもので保存される予定である。


 それについては問題はない、確かに怪しい組織ではあるが医療に関しては誠実である。

 だが問題はあの下っ端が使った『封印結界内でも使える死体漁り(コープスピッカー)』の出所である。


 それは通常の、魔力を火薬代わりにする死体漁り(コープスピッカー)では有り得ない性能である。


 『封印結界』というのが如何なるものかは兎も角、依代(アーム)の形成を霧散させた原因であるなら

 その性能は『魔力の不活性化』、死体漁り(コープスピッカー)が1ミリも動く理屈はない。


(そういえば彼を分析する暇は与えられなかった

 ……『闇属性』以外にも死体漁り(コープスピッカー)について何か後ろ暗いものがあるのか?)


 ふと、目の前に柚月(ゆづき)が漂っていた。


「どう、した……の?」

「身体の調子はどうか?」

「ぜんぜん

 前よりかるくて楽かも……」


 綻んだ表情から、それは事実なのだろう。

 だが、ある一つの『失われたもの』が八朝(やとも)の手を空に切らせる。


「し、心配……しないで

 ちょっと、さみしいけどこれくらいなら」


 柚月(ゆづき)は物理的な当たり判定を失った。

 それは『霊体級』と称される3つ目(プレイオネ)級の最大の特徴である。


 化物(ナイト)は純粋な魔力生物であり衣食住を必要としない。

 だが、人として……文明らしい事の大半が文字通り手が届かなくなってしまった。


(……『笑う卵(ヴィヒテル・ドライ)』が使えれば、なんだがな)


 それは人の魂を入れ替える七不思議(アイテム)であるが、問題がある。

 その秘密を守る柏海綾子(かしみあやこ)なる人物とは、2月時点では赤の他人である。


 その状態で使おうものなら、確実に邪魔が入るだろう。

 とすれば、残る手段は一つしかない……だがそれは考える事すら苦しくてできない。


『……』


 一瞬だけエリスからの視線を感じた。


「何かあったのか?」

『ううん、何でもないよ

 それよりほら! もう何日ぶりなんだろうね、ここ!!』

「そうだな、ようやく帰れたな」


 八朝(やとも)達は見慣れたテラス席の風景と対面する。

 そして、家族用の小さな勝手口の前にマスターが立っていた。


続きます

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