Case 75-3
2021年6月13日 完成
八朝のしでかした反則技により形成が逆転する。
そして、相手は左壁から機関長へと移る……
【2月16日(日)・昼(14:14) 篠鶴駅4F・北会議室前】
『是非とも君の口……
いや、『神隠し症候群の代表者』としてこの噂に白黒を付けて欲しい』
機関長は敢えて『神隠し症候群』と呼称した。
それは彼に残っている疑念の象徴であり、普段ならこれを取り払う必要があった。
「少し時間をくれ、内容を整理したいんだ」
『了解した』
そして、徐に取り出したメモに何かを書いて左壁に渡す。
下っ端の職員と共に恐ろしい形相でこちらを睨んでくる。
既に紙は禁戸の下へと渡っている。
(何を……書いたのよ……)
(条件次第では取り下げてやらなくもない、とな)
(条件?)
(禁戸を『月の館』に送る、という条件だ)
部長が一瞬牙をむいたように口角を上げる。
無理もない、宿敵の陥落を目の前で見届けられる……これ以上に良いことは無い。
それどころでなく、相手側にも利がある事を理解している。
即ち禁戸を切り捨てれば自分たちの悪行が広まらずに済む。
そして『月の館』はその性質上、治安部門としての性格が強く、後でどうにでもなる。
(ま、その裁量は機関長が握り締めるのだがな)
それは八朝が犯した『見込み違い』の始まり。
彼等の睨目はその実、八朝側の自爆を嘲笑う隠れ蓑であった。
だが、送り返された紙には禁戸の指印と共にこう書かれている。
『隔離病棟への収容を希望する』
(な……!?
ねえ……これって……)
部長に言われるまでもない、八朝にとっても予想外の反応であった。
もう一度彼に視線を向けると、こちらに向かってただ一回静かに首肯した。
「改めて言おう
今回の件は親衛隊の早とちりで起きた、この場を借りて謝罪する」
スピーカー越しの機関長は『そうか』と一言だけ返す。
そして、全身を射貫くような殺気が突然生じ始める。
(エリス、辻守に指令しろ)
(りょうかーい!)
その瞬間に硬い物同士が衝突する轟音が響き渡る。
恐らくは辻守の『地球空洞説』と雨止の『対地魔術衛星』である。
恐らくは『密約』込みでも親衛隊には受け入れられない結果なのだろう。
だが、この時は今の敵が親衛隊だけだと勘違いしていた。
例えば、自分に科した『不殺の誓い』。
たしかにそれは殺戮の禁忌を踏み躙った八朝らしい贖いなのだろう。
それは法律のように『遡及処罰の禁止』なんて生易しいものではない。
人の感情に寄り添った、ある意味で理不尽な概念を相手に取っている。
……その認識がまるでない。
そう、例えば左壁の付き添いにしては随分と役職が低すぎる。
何らかの『強引な手段』によってその座をもぎ取った可能性、それを発想させるほどの強い感情。
八朝が太陽喫茶から逃げる際に殺した職員の無念は?
今、八朝の周囲を彷徨っていた中途半端な殺意が
機関長すら知り得ないオーパーツの『拳銃』となって現れる。
「な……!?」
余りにも早く、いや途中の動作が全て吹き飛んだかのような違和感のある動き。
下っ端の引いた死体漁りが、乾いた音と共に淀んだ空気を引き裂く。
そして弾丸は庇うように現れた柚月の身体に数発吸い込まれた。
「ぐ……っ!?
か……はっ……ッ!」
柚月が肺を破壊され、窒息する。
青い顔のままもがき苦しむも、一向に酸素が体内に供給されることは無い。
死ぬまでの2分間、この苦痛から逃れる術はない。
『や、やったぞ!
やったぞざまあみやがれ! ははははははははははははははは!!』
クズの言葉を聞く余裕はない。
動転しながらも■■による依代回復を何度も試みるが、何故か失敗する。
『おい! 何してくれたんだ■■!!』
『見ましたか、左壁様!
奴の青い顔……やっぱり奴は『取り巻きを』殺した方がいい顔をしやがる!』
そして下っ端が左壁の制止を振り切って八朝の胸倉を掴む。
凄絶な顔を向けて呪詛を吐き散らした。
『俺の仲間を無残に殺した罰だ
よおく味わって地獄に堕ちろ、この悪魔野郎』
振り払っても何度も掴みかかってくる。
その間にも、ありとあらゆる手段で生にしがみ付く彼女の痛々しい姿が目に映り続ける。
「離せ!」
『させるものかよ!
お前がそうしたように、仲間が死にゆく様を指を咥えて眺めてろよ!!』
「……ッ!」
1分経過、窒息の諸症状が進行し、最早息遣いもおかしな欠伸のような形となる。
即ち、虚血性心疾患等の致命的な発作の際に現れる終末呼吸。
更に脱力により痙攣しかしなくなる。
部長は泣きながら彼女を介抱し、禁戸ですら通報した端末を握り締めている。
『おい、一体何が起きている! 左壁!』
『そんな馬鹿な……!
ここに張り巡らされた封印結界はどうした!? お前、一体何をしやがった!』
左壁が八朝同様の反則技を自供してまで下っ端を問い詰める。
だが彼は何も語らず、最早『件の拳銃』すら地面に転がしている。
『止むを得ない
左壁よ許可する、■■を鎮圧せよ』
その一言で左壁の布が勝手に展開し
左壁も瞬時にそれを操り、下っ端を雁字搦めにして引き離す。
下っ端は、それでも泣き叫ぶように嗤う。
『他の誰が許しても俺だけは絶対にお前を許さない!
俺の生涯を掛けて、お前の仲間を一人ずつ丁寧に苦しめて殺す……』
『まだこれで終わりと思うなよ!!』
その間にも柚月の残り少ない寿命が尽きようとしていた。
取るべき手段が無く、まるで狂ったかのように『回復』を試みるのだった。
続きます
Case67-5での因果が巡った、それだけです




