Case 74-4
2021年6月9日 完成(24分遅刻)&誤字修正
ここは篠鶴機関・治安部門の中でも特殊な立ち位置。
地の底で左壁直属体勢の下、日々特務活動に明け暮れる……
【2月15日(土)・昼(13:50) 篠鶴地下遺跡群・不明なエリア】
「……」
難しい顔をして書類とにらめっこする職員。
彼は篠鶴機関のうち、異能力犯罪に対応する治安部門の一員。
左壁直属の部隊で、今はある任務に向けての進捗に頭を悩ませる。
「おかしい……
アジトは見つかった筈なのに足跡が杳として掴めない」
それは数日前に起きた奇跡の成れの果てたる報告書の山。
どれを見ても、あのアジト以降の足跡を確定できないと悲鳴が上がっている。
頭が痛いほどに状況が進んでくれない。
(『甘星衣』が消えたのも痛い
あの『同士討ちの亡霊』を前に命令拒否の隊員まで増えてきた)
『甘星衣』とは左壁が直々に編んだ万能の装備であった。
手触りも色も無に等しく、これを全身に被せても視界や通気性に難が起きない。
どころか、外側は死体漁りすら溶かす程の高温であり、攻防一体の活躍を期待していた。
だが、謎の事故により配備した『甘星衣』の全てが使い物にならなくなってしまった。
そして、これを持ち出した原因たるSln.117287に職員が苦虫を噛みつぶした顔になる。
(奴め……あの『霧』で部隊を全滅させやがって
お陰で講和も『挙隊一致』も遠のきやがった!)
苛々しげに机を叩く。
それで状況は好転するはずがなく、更なる凶事を招いてしまう。
「■■よ、報告を頼むよ」
職員は慌てて姿勢を正す。
まさか左壁がこんな場末に来るとは思わなかった。
「へ……左壁様……
私めの報告は△△を通して既に把握なさられているのでは?」
「偶には現場の声を聞かなくてはと思ってな
ほら、今はどこも攻め手が無くなりつつある……視点の変更が必要な時さ」
職員は心の裡で舌打ちをする。
単に通りがかりで机を叩く音が聞こえたから寄ってきただけの癖に。
そもそも彼が十死の諸力を匿うからこんな事が起きてしまったのだ。
(大体、『人でなし』の闇属性に追及する程の真実は無い
それも分かり切っていて利用する理屈は一つしかあるまいよ)
「異能部の尻ぬぐい、確かにそうさ」
職員の顔が凍り付く。
彼に読心系の能力は無い筈なのに内心が見透かされた。
「俺達は篠鶴市の平穏の為に毒すらも利用しよう
逆に聞くが、君はそんな覚悟もなしにそのバッジを身に着けている訳じゃないでしょ?」
胸を小突かれるだけで背が壁にぶつかる。
その痛みで、今までの『狂気』から覚めたように畳み掛けようとする。
「あ、当たり前だ!
だが奴等は、頭は死んでも末端は気にしない!」
この職員の言う通り、十死の諸力は独立性が高すぎる組織であった。
幹部内ですら意思の統一を図ろうとせず、各々が異なった手段で己の目的を達成しようとする節がある。
最早『幹部だけしかいない』と疑われても不思議ではない。
そんな『烏合の衆』を抱えるのは百害あって一利なし。
寧ろ、治安を預かる自分達の側につけば、その信用を悪用して余計に犯罪に勤しむ。
だが、そんな職員の内心を見透かしたのか
『左壁』が心底おかしそうに腹を抱え、笑っている。
「君は一体何を言っているんだ
僕たちが十死の諸力を許すなんていつ言ったのさ」
「ふざけるな!
あの異能部の部長が習坎なんて名乗っている時点で……!」
そして顔の真横にあった壁に破滅的な蜘蛛の巣が広がる。
それを引き起こした羽衣が静かに左壁のもとへと手繰られる。
「うーん、どうやら君は何か勘違いしているらしい
習坎が何だって、彼は単なる協力者でしかないよ」
「う、嘘を吐くな!
今回の任務だって首星様に報告すれば……」
「残念だけど、彼も承知している」
職員が言葉を失って佇む。
死を待つ彼に投げ渡されたのは一枚の紙。
そこには首星の許可印が捺された、今回の任務概要である。
「君は知らないけど首星は学者なんだ
我々の政治に心底興味が無いらしい、君が告げ口しても門前払いなのさ」
「そ……そんな!
そんな輩が俺達の責任者だなんて……」
「そうだね、おかしい
だが、事実は小説より奇なりなのさ」
そうして死刑宣告が言い渡される寸前
死神のイメージと反したファンシーなメロディーが鳴り響く。
「おっと、失礼」
そして左壁が部屋から退散する。
唐突にやってきた安堵を噛み締める暇は無い、今は情報を集める。
聞き耳を立てると、どうやら家族との会話らしい。
だが内容は今回の『講和』に関する事であり、職員の最後の忠誠心を圧し折った。
(な……舐めやがって!
ふざけるな!! だったら俺にだって考えがある!!!)
心の中で息巻いて職員が反対側の壁の本棚に向かう。
3段目の左から16冊目、その本を懐の『本擬き』とすり替える。
すると無音で地下への階段が出現した。
(……恩に着ます天ヶ井博士
今こそ左壁の腐敗を打倒する為に未来ある若者に手を貸そう)
彼が階段を下りきった瞬間に入り口が塞がる。
後はこの暗くて長い通路の先に水瀬神社の御神体下に繋がっている、そこから逃げればいい。
だが、一つ不安要素があった。
(……親衛隊とやらはどこを逃げているのか
あの左壁ですら掴めない、もしや彼等も博士の)
その洞察は当らずも遠からず。
天ヶ井博士の下で研鑽し合ったある3人の学者の1人。
脳科学の用賀。
そして彼はこの篠鶴地下遺跡群の発見者なのである。
(まあいい、まずは学園だ
いくら親衛隊とはいえ生徒であるなら学園の管理下に……)
「残念ながらそうでもないらしい
よく考えてみろよ、彼等が喧嘩を売った相手の名前をさ」
時が凍り付いた。
地下通路の出口に欺いたはずの左壁がそこにいた。
「な……な……!?」
「異能部さ
学園直属の、便利屋にして風紀委員……今や彼等は学園の敵でもあるのさ」
そしてわざとらしく『おや?』とふざける左壁。
指し示した先、御神体の下に通じる筈の陸橋が妙に薄暗い。
「おっと」
左壁を押しのけて走り出す。
そんな筈は……最悪の事態に肝を冷やしながら必死で出口へと向かう。
「あーそうそう
水瀬神社である事故が起きたらしいんでね、俺はこのぐらいで退散するよ」
「君も命が惜しければ、今すぐに出口よりも入口を求めるといい」
何が入口を求めるだ、要は罪を認めて本部に戻れと言いたいのだろう。
だが、あの階段の先には自由が待っている、その光の先には輝かしい未来が待っている。
それが、冷たく暗い落盤現場だなんて思ってもみなかった。
「そん……な……」
絶望する職員に追い打ちを掛けるように星月夜の風景。
慌てて端末を確認すると、ある化物にタゲられている表示に釘付けとなる。
「ReshHe……5つ目級だって!?」
ひたり、ひたりと指数関数的に増えていく。
嵐のようなフォークダンスが、段々と万物を引き裂き始める。
命が惜しければ出口より入口を求めるといい。
ああ、この言葉は真実であったらしい。
鼻先が削れる悍ましい感覚に、思わず末期の叫びが迸る。
「し……死にたく……」
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