Case 74-1:万物を織る能力(Ⅱ)
2021年6月6日 完成
2021年6月7日 誤字修正(タイトル)
悪魔と取るに足らない契約を結ぶことに成功した。
これにより『悪魔』は失われずに済んだが、辻守朱音を取り戻す事はできなかった……
【2月12日(水)・深夜(2:22) 親衛隊のアジト1F・北東フロア】
悪魔は去り、怪しげな光と霧をまき散らした魔法円も死に絶えたように静かになった。
元の静謐……いや、殺伐としたコンクリート部屋に呪縛から解き放たれた4人がこちらに寄ってきた。
「キミすごいね……
アレ確か6つ目級相当じゃないの?」
「……そうなるのか?」
「いやいやいや
ボーっとしてるけど、コレ前代未聞の偉業なんだけど」
山祀が改めて八朝をまじまじと観察している。
前人未到のC級が数人……八朝のQ級なら十数人でようやくの相手に生き残った。
その秘密を探られる前に部長に止められてしまった。
そして部長と目が合う。
バツが悪そうに視線を逸らしながら、気を遣った口調で話し始める。
「その顔は分かるわ
でも私からはこれぐらいしかできないの、許してよね」
「分かってて呼んだのか」
「ええ、後遺症だけを消すだなんて前例がないの
私も『依頼書』で最大限時間を稼いだんだけど、結局は彼女に頼るしかなかった」
その言葉に山祀も言葉を少なくしてしまう。
だが、対して八朝は不満を表す訳でもなくただ目を閉じる。
「いや、大いに助かった
お陰で一時的に弱める手段には気付けた」
部長も山祀も驚いた顔でこちらを見ている。
やがて、何かに気付いた部長がその答えを口にする。
「……貴方、あの『霧』の中で何かを見たのね」
「ああ、ついでに電子魔術の使い方でも『完治』の条件を察した
……異能力を治すには、属性の偏りを中和しなければいけないとな」
それは山祀が口にした『能力を電子魔術で作った』という証言から得たものである。
彼女の異能力の構成要素は『水の生成』そして『善悪を判別』して『毒と化す』。
以上の3点で成り立っているが、これを成立させるには最低でも2属性以上必要になるという点。
大まかに言えば火は生成、土は強化、風は知識、水はその他という性質に分かれている。
『善悪判断』及び『毒化』自体は風・水のいずれかで作成可能だが、『水の生成』はこの二属性では不可能となる。
それはこの2属性+土が『現実に既にあるもの』に対する力であり
虚空から新しいものを呼び出したり作り出すには『火属性』の力を借りなければならない。
ここで弘治愛飲の『カラバル豆コーヒー』の生成であれば火属性のみで成り立つが
残念ながら山祀が設定した毒は『ヒドラジン』であり、これに関して言えば一分の隙もない毒である。
故に彼女は2属性の電子魔術を操った。
そして電子魔術の属性による適性は『全か一』のみであり、以上の事から4属性遣いでしか説明できない。
「中和……中和って言ってくれるけどそもそも属性には実体が無いのよ?」
「ああ、部長の言う通りだ
だが、あらゆる魔術には実体のないものを既にある実体に対応させる『照応』という技術がある」
そしてそれを部長に対して実践する。
調整済みの霧に巻かれた部長に属性外の地属性電子魔術を唱えるよう指示する。
『Waeacuzqu!』
それは局地的に地形を変更する地属性電子魔術であるが
彼女が望んだ通りに魔法円直下の地面が割れ砕けた。
「な……!?」
「今はまだ検証段階だ
いずれかしたら気絶無効を抑えて、本当に眠りにつけるかもしれない」
八朝も目の前の暗闇が開けたような気分であった。
逃れられぬ数か月後の死、それに抗うための叡智が確かな形となって現れた。
「それって非能力者が電子魔術を無制限に使えるのも」
「まあ、そうらしいな
逆に一般人の魔力属性を偏らせられれば異能力者にしてしまえるのだろうな」
それと共に思い出したのは『前の6月』にて猛威を振るった市新野の『悪疫』。
彼が異能力を『感染症』にしたらしいが、その裏にこの考え方による試行錯誤があったのだろうと推察される。
ある意味で『篠鶴機関』を上回る知識量に、今更ながら恐怖感さえ覚える。
「一つ聞いてもいいかしら、柚月ちゃんにはしないの?」
部長が暗に『致命的な後遺症の抑制』の可能性を聞いてくる。
だが八朝の反応は、その希望を打ち砕くものであった。
「柚月は無理だ
1属性以外全てが消し飛ばされている構成だと俺には不可能だ」
「どうしてかしら、他の属性を継ぎ足せば……あっ」
部長が気付いたのはこの理論の穴である『属性』の供給である。
要は『火属性』以外の異能力者では『属性付きの魔力』を用意、もとい生成することはできない。
あくまで先程彼が実演してみせた『中和』が『抑制と増幅』による産物であると理解する。
「全くもって歯痒い限りなんだがな」
無意識に側にいた柚月の頭を撫でる。
それが自分にとっても心の平穏を保つものだと自覚しない為に無心でそうする。
すると、ある変化が視界に飛び込んできた。
「漸く起きたか、辻守」
続きます




