Case 73-3
2021年6月2日 完成
『青銅人』こと山祀を無視して魔神召喚を試みる。
何とか目的のフラウロスを招くことはできたが、凶悪な土産を提示してきた……
【2月11日(火)・夜(23:39) 親衛隊のアジト1F・北東フロア】
「な……」
絶句する八朝の脳裏に彼の悪魔に付けられた称号が過る。
フラウロスは過去現在未来を正確に語ることができる……ある意味で予言者としての側面。
それは即ち、八朝が忘れ今も求めて止まない死の瞬間の記憶も同様に……
『ふ、ふうちゃん!
騙されちゃだめだよ、相手は悪魔なんだから!!』
『言ってくれるではないか
今の我は三角の中に封じられている、嘘偽りは言えぬぞ?』
本来は『別の用途』で仕掛けた三角が
フラウロスを利する『朱音を諦める代わりのもの』を補強してしまう。
だが、そんなものに頼らずに済む要素がこの部屋に存在する。
「そうは言ってくれるが
最近は使命もままならないぐらいに忙しい、生憎だが……」
『故に我を倒し、『青銅人』の話にて死の運命から逃れる
ほほう、確かに小賢しい汝らしい皮算用であるな、全く』
『では我から未来を告げよう
そこの女の話は汝には参考にならないだろう』
フラウロスからの呪縛から逃れた山祀が胸を抑えて深呼吸をする。
蹲って苦しそうだが、数分もしないうちに話ができる程に回復するだろう。
「何……だと……!?」
『汝もおかしいとは思わないか?
能力と後遺症は不可分、片方だけ無くすことは叶わぬ事を』
それは体験というよりも、様々な人の話から聞いた常識である。
後遺症が利する事はあっても無くなることは有り得ず、無くすには方法は一つ。
異能力症候群の完治、それのみ。
例えば比婆陽介。
彼は致命的な副作用も残さず異能力が完治したたった一つの症例。
逆説的に言えば異能力者から後遺症を消すと廃人と化してしまう。
故に能力と後遺症は互いに無くてはならない要素なのだと。
「はぁ……ッ!」
ならば、悪魔の呪縛から逃れた彼女についてはどうだろうか。
例えば比婆のように完治したなら湯誓を持つのは矛盾する。
だが例えば、もしも彼女が元々電子魔術を軸に戦うタイプの異能力者だとしたら……
「一つ聞きたいがいいか?」
「うん、ようやく落ち着いたし今話すよ
そこの何かよく分からない女の言う通り、多分参考にならない」
その表情から諦めの色と恐怖の色が浮かんでいる。
恐らく、八朝の顔から経験上誰しも通った仮説に至ったのだろうという諦観。
そしてそれは異能力者としては些細でも、学園生にとっては致命傷に成り得るもの。
「あたしも比婆君と同じ完治症例なの
でも、それを篠鶴機関に察知されるわけにはいかない、だから……」
「得意だった電子魔術で異能力があるように見せかけてたの、ごめん!」
それは『前の6月』で八朝がやった因果の裏返し。
化物を人にする奇跡に比べたら、一般人を異能力者に仕立て上げる方がずっと簡単。
異能力者が成し得ない4属性全ての電子魔術を組み合わせればそれだけで能力に成り得る。
「そう……か……」
「ホントにごめん!
君が酷過ぎる後遺症に悩んでたのを聞いたから余計に……」
酷過ぎるとは、ある意味で過大評価であった。
何しろこの気絶無効によって難を逃れた場面は枚挙にいとまが無い。
この程度に比べれば依代が砕けると窒息死する柚月の方がよっぽど『酷い』。
『これで理解したであろう
汝にとって賢明な選択肢が一体何なのか』
『駄目……!
ふうちゃん! 悪魔は嘘がつけなくても……』
『そこまで必死に我等の契約を妨げるか
余程不都合な真実があるらしいな、『蝗帛ョョ陦ソ蟄』よ?』
その一言でエリスがまるで時が止まったかのように狼狽する。
だが、そんな彼女の無意識の願いが通じたのか、八朝は重要な言葉を聞き逃す。
そして、その隙すらも見逃さない。
『では、我が提案を聞けば『最後の言葉』も復唱してやろう』
『な……!?
駄目……ッ! 絶対に聞いちゃ駄目!!』
『別に良いではないか
此奴には三刀坂も鳴下もいないのだから』
畳み掛けるように八朝の心を抉る情報が齎される。
そうして八朝の逃げ道を失わせ、自分の思い通りに動かす。
悪魔が持つ魔術とは何も呪詛ではなくこの言葉なのである。
契約を持ち掛けるのも召喚者を縛るため。
それが八朝が当初から警戒していた彼女の恐ろしさなのである。
故に……
「断る
お前が持ち掛けた全ては、お前を殴り潰してからでも得られるだろう?」
続きます




