Case 68-4
2021年5月7日 完成
極低温の分子結合崩壊を放つ辻守晴斗。
彼に対抗できる雨止へと近づこうとする……
【2月10日(月)・昼(15:28) 当海地区・廃ビル】
辻守の戦術は完璧であった。
親衛隊が複数の異能力の組み合わせを重視するなら、それを引き離せば良い。
誰かに接近しようとすると極低温レーザーを放って阻害し
それでも無理なら気温66℃の灼熱空間を展開して2択を迫らせる。
それは秘策を有する八朝には余りにも有効であった。
(近づけない……!
いや、近づけても秘策を伝えられる程の時間が用意されない!)
どうやって雨止の異能力に『必中状態』を付与できるか。
魔術知識無き篠鶴市民に『力の下降』を伝えられるのか。
『Hpnaswbjt!』
ふと気がつくと、用賀がエリスの障壁魔術を模倣した。
分子間力に関係が無い魔力構造体は、辻守の放つ黒き閃光を防ぎきる。
だが端末を持つ手が極低温にさらされて凍傷を負う。
「くっ!」
「浅はかですね
炎熱系は防ぎきっても熱波が発生するものですよ!」
再び電子魔術を放ち、トドメを刺そうとする辻守。
『反転した電子魔術』に対抗するための依代を組み立てようとするが……
(いや、反転が出来るのに今まで揺さぶらない方がおかしい!)
八朝が選択したのは『凍結』。
拡声器から放たれた音波が赤熱した岩塊の流星群を只の岩雪崩に変えた。
無論その程度なら用賀の魔力障壁を破ることはできない。
「……少しはやるみたいですね、亡霊?」
敵意がこちらに向き直ったことで当面の問題が解決する。
そしてエリスに『秘策』を耳打ちして、実現可能かどうかを確かめさせる。
その答えを聞くや否や、八朝は
神殿の柱によって実体化した攻撃力で以て自らの両眼を潰す。
「な……正気ですか貴方は!?」
「聞くまでもないだろう」
八朝が新たに大鋏を呼び出して二つに分けた。
そしてその一方を初速度変更も無しに投擲する。
霧の中から回転しながら上へと飛び出したそれは、明らかに辻守に届かない。
「何ですかその攻撃は……!」
辻守の煽りを無視して霧が食い破られる。
更に無防備になった八朝をせせら笑うと、エリスの詠唱が響き渡る。
『kpt l lynhnads okteewd wzjhxpsin』
辻守は聞き覚えのある調べに身体の底から震えを発する。
即ち、極夜の闇属性電子魔術。
(拙い……目くらまし!?)
この魔術の性質を事前に部長から聞いていた。
全てが暗闇に閉ざされ、攻撃の方向が全てランダムになってしまう。
それはいつかの柚月が放った妖魔天象と似て非なる怪現象。
だが、現実としては心の中の声が途切れる程の唐突な『衝撃』を迎えるのみ。
「ぐっ……!?」
届かなかった筈の大鋏の片割れが端末を持っていた腕を断ち切る。
いや、攻撃力のない八朝では手切りの極刑は為せず、せいぜい魔力遮断のみ。
そして辻守の端末から起動の光が消え失せた。
同時に詠唱途中であった火属性電子魔術が霧散した。
「!?」
『汝は速やかに去り、『王国』へと走る光となる!』
続いて大鋏の片割れが霧に変じる。
すると、その霧を引き裂くように灼熱のレーザーが迸る。
(やはり持続時間が魔力依存の『封印』では……!)
そして八朝は驚愕の光景を目にする。
閃光を維持したまま、まるで大剣のように振り下ろされたのである。
『kpt l lynhnads okteewd wzjhxpsin』
もう一度、先程の電子魔術を発動させる。
先程『投擲』を必中させたそれが、今度はレーザーの発生源を辻守の斜め上に移転させる。
「な……!?」
レーザーの振り下ろしを間一髪で躱し、息も絶え絶えになる辻守。
彼の方も電子魔術の使い過ぎで魔力が枯渇しつつあった。
(気付いてくれ……!
これをお前が使えば、戦局が変わる!)
八朝も息を切らしながら辻守を睨む。
だが意識は、雨止の方へと向いていた。
「よそ見している場合ですか?」
そこに辻守の灼熱空間が展開される。
辛くも魔法陣から躱せたが、目の前にはビルを支える太い柱。
既に辻守のレーザーからは逃れられない。
『Dwonj!』
再び夥しい黒霜が沸き立つ。
八朝を粉砕する絶対零度の閃光が魔法陣で臨界を迎え……
『Jesumn!!』
その魔法陣を天井から現れた雷速の一撃が引き裂いた。
「な……!?」
「流石は用賀の見込みし者よ
まさか、我が力の真髄を引き出させてくれようとは!」
どうやら、電子魔術という万人に扱える力に翻訳したことが功を奏したらしい。
即ち人工衛星による高高度の狙撃に『目』を用いていた雨止の異能力は
『必ず終の『異能力者』へと至る』という必中の詠唱を手にした。
「くっ……!」
『Jesumn!』
再び人工衛星を励起させる雨止。
発射寸前に全ての『工程』を通過したことで、飛翔途中に忽然と消え失せる。
そして辻守の真上に現れた『狙撃』が轟音と土煙を巻き上げた。
「我が方の勝利である」
雨止の宣言通り辻守は罰則で意識を失い
『狙撃』が穿った大穴の淵で昏々と眠っていた。
次でCase68が終了いたします




