Case 67-2
2021年4月30日 完成
2021年5月1日 誤字修正
突然知らない人からの電話と、こちらに来るという一歩的な約束。
余りにも意味不明な予告は、ものの小一時間で現実のものとなった……
【2月10日(月)・朝(9:23) 太陽喫茶・自室】
「は?」
閉まっている筈の扉をこじ開けた少女たちに八朝は固まる。
何故かどちらも『知っている存在』だったのが頭痛を加速させる。
それよりも早く、一人目の向葉が遠慮なく立ち入ってきた。
彼女は数日前の天文台で柚月の友人を自称するストーカーであった。
「これが先輩の家なんですねー」
「……どうやって入ってきた?」
「ああ、それマスターって人に『八朝君の友達です』って言ったら」
喜色満面の彼女を見て、問い方を間違えたと後悔する。
何故自分の情報が筒抜けなのか、マスターをどう突破したのか、鍵はまぁピッキングなのだろう。
「あっ、おーい!
あきちゃんも入っていいよー」
だがもう一人が入っていないことに気付き向葉が声を掛ける。
この調子だとお茶まで用意されそうで身体を起こそうとする。
「駄目っすよ先輩!
重症なんでしょ、寝ててください!」
「室内を歩くぐらいなら問題は無い」
布団を転がして丸め、ちゃぶ台を組み立てる。
冷蔵庫には幸いにも封を開けてない飲み物が3つ存在していた。
「あっ、丁寧にありがとねー!」
既に座っていた向葉が足をパタパタさせて寛いでいる。
流石にスカートを選択しないぐらいの理性はあったらしい。
「もう一人はどうした?」
「あれ、おっかしーな……おーい」
2度目の呼びかけにも反応は無し。
仕方なく八朝が玄関まで向かうと、少女が俯いたまま立っていた。
彼女は、あの橋での戦闘で『杞憂の四柱』の最後を為した異能力者であった。
「……」
「入っていいぞ
封の開けてないお茶もあるぞ」
少女が小さく頷き、ついていくように部屋へと入る。
あの時は恐怖で引き攣っていた顔が、今度は何故か緊張で固まっている。
「安心しろ
真下にマスターが居る」
「……」
相変わらず口が真一文字に引き絞られて動かない。
「あっ、あきちゃんが『あの時はありがとう』って」
「ちょ……!」
一瞬苛立たしそうに開いた口を押え、向葉を部屋の外に引き摺る。
程なくしてここからでも聞こえるほどの早口が響いてきた。
『何だろ、これ』
「だから、俺は知らんと何度も……」
最後まで言い切る前に戻ってきた。
向葉は叱られた子供のように呆気を取られた表情になっていた。
「あ……あの!
うちのバカが失礼しました」
「それよりも、要件は?」
そうして彼女は鞄から1枚の紙を取り出す。
内容は八朝に渡された依頼書の内の1枚と合致する。
即ち、彼女が『友達と話がしたい』という依頼人であった。
「私は菜端秋穂
あの時は動転して言えませんでしたが……」
「いや、こちらこそ助かった
アンタが居なければ最悪死んでいた、本当にありがとう」
再び菜端が俯いて何も言わなくなった。
第一印象の割に会話が苦手な彼女にどう接すればいいのか分からない。
「それじゃあいくつか質問していいか?」
「どうぞ……」
「この依頼、隣の友人の代筆という事はあるか?」
「ありません
確かにこのバカが書きそうだけど、ちゃんと私が依頼しました」
そういうや否や、向葉が突然再起動して唸り声を上げる。
そのまま菜端にウザ絡みを開始する。
「ちょ……何すんのよこのバカ!」
「バカって言った方がバカなんですー!
ってか前のテストだって赤点だった癖に!」
「な……なんてこと言うのよこのバカー!!!」
取り乱したかのように饒舌になった菜端が再び口を押えた。
『ごめんなさい』と言ってどんどんと小さくなっていった。
「……話を戻すが、よろしいか?」
どうやら完全に沈黙してしまったらしいので向葉に聞くことにする。
「この刀を使う治療術師というのは?」
「う、うーん???
こんな人居たっけ???」
駄目だった。
彼女にまともな答えを期待するのが馬鹿だった。
「確かに、持つところがすっごく長い刀で突き刺して傷を治してたけど……」
「突き刺してとはどこに?」
「うん、確かこの辺りなんだけど……」
途端に嫌な予感がして目を瞑りそっぽを向く。
エリスの慌てた声が全てであった。
『えっと……脇腹に傷があったよ……』
「そうか」
疲れ切ったエリスにクッキーを1枚与えて落ち着かせる。
どうやら武器軟膏とは違った魔術治療であるらしい。
そうすると中世欧州の四体液説に基づいた『瀉血』という事になるが……
(でもこれは外傷だよな
瀉血は内臓の病に効く筈なのに、どういう事だ?)
だが、何となくそんな異能力に『最近会った』ような気がして首をひねる。
「それよりも、話したい友人ってアンタじゃないよな」
「そうだよ」
「どうして『異名』で指定しなかった」
そう言われて流石の向葉まで目を逸らし始める。
……どうやら訳アリの人物であるらしい。
「そ、その危険って訳じゃないんだよ!
私だって何度も『彼女』の事見てたし!」
「彼女……?」
向葉が口を押え、そんな彼女を恨めしそうに睨む菜端。
そんな彼女たちの態度が、八朝に『見送り』の結論を下させた。
「念のために言うが、まさか学園五指ではなかろうな?」
沈黙が答えとなった。
学園五指とはその名の通り篠鶴学園で最も強い5人を指す言葉。
『手合わせ』の依頼を出してきた生徒会長や、あの柚月もそのうちの一人である。
無論、彼らに関する依頼はレベルが高すぎて部長ですら手に余る。
「申し訳ないが……」
「そ、そんなこと言わずに……!」
「もしその友人が柚月なら考えなくも無いが……」
「え?」
板挟みで涙目になっていた向葉がキョトンとした表情になる。
それにつられて八朝も言葉が詰まってしまう。
『風の如く避ける』は龍眼による観気、鋼鉄を引き裂くのは遁甲式を利用した風水刀法。
更に治療ですら昨夜のように木気を刃と共に送るという荒業を成した。
「まさか、柚月の事なのか?」
単純明瞭な首肯で、依頼の話し合いが継続となった。
続きます




