Case 06-5
2020年7月13日 Case 06より分割完了
2020年12月12日 ノベルアップ+版と内容同期
計2032文字。
記録の再生を終了します。
【同日同時刻付近 月の館3F・応接室】
(これは……事件関係者の名前……)
十宮と、その親友の網町……そして網町と親しかった菱野台という女生徒。
本来の調書内容に反して菱野台が網町を幼稚にかつ口汚く罵り、十宮を信奉する内容。
即ち、妄想のクラスメートだけで出来た世界である、と
「そうか……だが、このノートに書かれている菱野台加奈という人物は確か網町孝の友人、いや……恋人ではないのか?」
『!?』
モニター内の青年の顔が強張り、一瞬にして顔中が酷く歪みはじめる。
絵藤はその表情を読むことはできないが、放たれる気迫で何となく察しが付く。
これは、怒りである。
いや、憤怒……それよりも低俗で自分勝手な。
そう、憎悪の表情であった。
「網町孝の先程の話を合わせれば、これを十宮義朝と交換していたことになるが……?」
「………………はい」
苦虫を噛み潰したような、いや実際に唇の下を上顎の犬歯で刺し貫き、だらだらと血を流しながら首肯する。
「そして網町孝、君はかねてから十宮義朝をイジメるグループに入っていたと当時の隣クラスの人間から証言を得ている」
「本当は十宮義朝の親友では無いな」
映像からブツッという音が届く。唇の下が犬歯によって斜めに切り裂かれていた。
『ああ!そうだよ俺はクソ十宮の親友なんかじゃねーよ!当たり前だろあんな狂人誰が友達にすんかよ頭湧いてんじゃねーのか????俺の慈悲で「親友」にしてやったのに共通の趣味が見つかったねって言ってあんなノート寄こしてきやがって挙句の果てに俺の女を穢してきたから堪忍袋の緒がキレちまったよ!分かるだろその気持ち!何が義朝と加奈は魂で繋がってるんだじゃねーよ気持ち悪いんだよ!おい!そこに十宮がいるんだろ!さっさと俺に寄こして切り刻ませろこの篠鶴市民の糞野郎がぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!』
更に画面が揺れ、轟音まで聞こえてくる。
錯乱した網町が同行者を灰皿で殴り、奇跡的に昏倒させるともう収拾がつかなくなる。
映像の音声も段々と騒がしくなっていく様子が映り込む。
どうやら完全密室にしたのが災いしたらしく、網町のいる部屋に入り込もうとするガチャガチャ音が止まない。
『いいかよく聞け!俺は正しい事をしたんだ!あのゲロカスみたいな頭の中を矯正する為にアイツのノートを教室で音読してやったんだよ!そら見た事かクラス中が笑って蔑んでみんな青い顔になりやがった!やめてやめてって子供みたいに喚くクソをぶん殴ったときはもう気持ちよくてマジで俺は当然のことをしているんだなって思ったに決まってるんだろ!なんで俺が悪いことになってるんだよ!おかしいだろ!どうせお前らがマスコミを牛耳ってるから俺の事を犯人にして異能力者の人権ガーに繫いでもうお前ら死ねよ頭から弾けろ臓物吐いて死ぬまでのたうち回れ絶対にお前らを許さんからな!!!!!!!!!』
『は……はははははあh、そしたらさいきなりいきなりあの変な空間になってな、あのノートの気持ち悪い空間にさ、何か俺の事も自演しやがってるしどうせなら荒らしてやれって荒らしたら目が覚めて、そしたら加奈の瞳が唇が歯が髪が血が心臓が肺が胃が腸が血が骨が子宮が■■■が■■が違地がちがちがちがちがああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!』
部屋に数人の白衣の男が侵入してくると、一転して大人しくなる。
あれだけ騒がしかった憎悪の猛りが消え去り、死んだように静かになる応接室。
『おん あ び ら うん けん そわか』
『おん あ び ら うん けん そわか』
おん あ び ら うん けん そわか
静まり返った応接室に網町が発する謎の呪文と、それに呼応して周囲の人間まで同じ呪文を口にする。
『おん あ び ら うん けん そわか』
『おん あ び ら うん けん そわか』
『おん あ び ら うん けん そわか』
『おん あ び ら うん けん そわか』
『おん あ び ら うん けん そわか』
『おん あ び ら うん けん そわ
唐突に機関長の方から通話を打ち切った。
首がベキベキと折れるような思いで機関長の方へ向いた。
「これ……何ですか?」
「……これが異能力による悲劇だ。
誰も彼もが悪となり、世界に癒えない傷を与えていく」
「我々はこれを食い止めるために行動しているのだ」
そう無表情で機関長が吐き捨てる。
即ちこんな悪辣な世界でもお前は人のために働けるのか?
あんな噂なんてごまんと存在するのに一々気を掛けている場合か、と。
「でもこれってG-113の方が我慢したらそれで済む話なのでは……!?」
「それは無理だ。何故彼の異能力がSln型でなくMag型なのか、考えればすぐに結論が出るだろう」
Mag型とは一つの事を極めると得られる異能力なのである。
妄想も極めれば世界を塗り替えてしまう破格の異能力として生まれ落ちる。
そう、十宮にとってあのノートこそが全てなのであった。
故にそれを否定されることは彼にとっての死に等しい大災害なのである。
「チーフは……大丈夫なんですか?」
「科上職員は俺が見極めた。それ故にこの地獄とも言うべきG区画の管理を任せるに足る優秀な職員であると信じている」
機関長はそれっきり目を閉じて一言も喋らなくなった。
後でチーフに聞くと、機関長は憔悴しきった俺の調子が戻るまで休憩するつもりであったらしい。
そんなことも分からず俺は今体験したことを纏めようとしている。
歯の根が合わず、さっきから吐き気が止まらない。
そして、更に悪いことを伝える足音が近づき、続いてこの部屋の扉をノックする音が響く。
「機関長……報告したいことがあります!」
「手短に頼む」
「ではこちらを……」
渡された紙に書かれている事を、何故か理解できなかった。
それは十宮の症状が変わった事を要約していたが、覚えていない。
ただ一言、機関長が……
「そうか、やはりか。
助けられなくて本当に申し訳なかった」
そう言った事だけしか覚える事が出来なかった……。
次でCase 06が終了します




