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Case 64-2

2021年4月15日 完成


 自分の今の状況を整理する八朝(やとも)

 汚れた布団を替えに押入れを開けると、思わぬ来客がそこにいた……




【2月9日(日)・深夜(2:44) 太陽喫茶・自室】




 押入れの中には、丸まって寝息を立てる柚月(ゆづき)の姿があった。

 その下には目的の替えの布団……だが、ここは決して彼女の部屋などではない。


 脳裏に蘇るのは、烈火の如きマスターの怒り。


(まずい……!

 どうにかして『撤去』しないと!)


 前回のアレがアウトなら、状況がさらに悪化している今回も言わずもがな。

 『同衾』にまで至っていなかったのは幸運というべきか。


 だが、どれほど思案の為に歩き回っても良い案が思いつかない。


(エリスは論外、咲良(さくら)もあの状態ではどうにもならない

 かといって俺の状態異常(ギフト)に相手の神経を掌握する力は……)


 そこに一つの天啓が降りる。

 鳴下(なりもと)の『神経掌握』を模倣すれば……


 善(?)は急げである。

 早速彼女の異能力を『召喚』する詠唱(スペル)を組み立てようとする。


(そうだな、まずは固有名(スペル)の解読だが……)


 まず、エリスから聞いた手順で解いてみる。

 鍵となり得るのは制御番号(ハンド)に記された『星』と『誕生日』。


鳴下(なりもと)は6月26日で巨蟹宮(かに座)だな

 あとはSln.193237……つまり『HD 193237』となる無名の恒星……)


 それは程なくして頭の中から発見した。


 HDカタログの193237番とは、17世紀にて突如明るく輝いたと記録がある『はくちょう座P星』。

 これの黄道経度は321度、これは『宝瓶宮(みずがめ座)』の領域にあることを示している。


 後は誕生日の星座から見たこの星の位置(ハウス)を割り出せばいい。

 その位置(ハウス)を支配する『惑星名』が暗号鍵になっている。


 但し暗号鍵は『惑星名』ではなく、それを元にした『曜日名』になっている。


(1、2、3……『8室』なら土星(Shabtai)か)


 早速『土星(Shabtai)』でWvisfefを解号する。

 ヴィジュネル暗号とは『1文字毎にカエサル暗号(文字ずらし)する暗号』なので、その通りに作業する。


 その結果、逆向きに解号して『Ocityen』というそれっぽい文字列を得た。


(ocity……英語の『Velocity(速度)』か?

 いや、確かこれも切り出さ(concat)された後の……)


 思い出したのは、エリスが疲れたような声音で吐露する分析事情。

 例え固有名(スペル)が解読できても、それが文のどの部分のものなのか不明だという。


 同じVelocityでも『CosmicVel(第一宇宙)ocity(速度)』と『STEVE(極光擬き)』では訳が違う。


 これがもしも、ある著名なロシア文学の一節からだとすると

 最早諦めて座り込むことしか八朝(やとも)にはできなかった。


「……」


 いつの間にか先程柚月(ゆづき)を発見した位置に戻ってきたらしい。

 真っ暗闇で、泣く子すら黙る不気味さの中で彼女は心地よさそうな顔を晒していた。


(このまま閉めるのも可哀想か)


 そう思っていると、彼女の服の上に異物を発見する。

 ……『押入れ』のような暗所にはお決まりのゴキブリである。


(これも起きたら泣き叫ばれるよな)


 見つけるや否やティッシュ箱を探し、2枚を掴んでそのままゴキブリを摘まみ上げる。

 『誰もいなくなった家の土砂崩れ跡』から頻繁に出てくる光景を思い出しながら窓の外に放り棄てる。


 『記憶遡行』での経験が実生活に役に立った瞬間でもあった。


 ゴキブリに使用したティッシュをゴミ箱に捨てるともう一枚引っ張って

 先程ゴキブリが鎮座していたであろう『汚れ』を拭い落そうとする。




 既に起きていた柚月(ゆづき)とばったり目が合ってしまう。




(……終わった)


 人の身でありながら『解読』に挑もうとした苦行。

 あとゴキブリ撤去を含めたここ10分程度の努力と、20年弱の人生が瓦解する音が聞こえる。


 あとは、彼女が状況を理解し叫びさえすれば全てが終わる。


「……」


 耳を塞ぐ気力も無いのに、いつまでも金切声が聞こえてこない。

 何か引き摺られているようだけど、それどころではない。


(……お茶、零したんだ……だから)


 幻聴まで聞こえ始める。

 惜しむ様な人生でもないのに、絶望感が押し寄せてくる。


 姿勢が楽になって、心地よい熱に包まれるのも諦観によるものなのか?


(どうせ幻覚なのだから

 この際マスターにバレないよう頼んでみるのも……)

(うん……いいよ)


 幻覚と会話が成立してしまった。


 因みに幻覚を『幻覚』と認識するタイプを幻覚症性エイドリーといい

 心因性だけではではなく、脳出血や認知症などによる『器質性障害』が原因となることもある。


(マジかよ、頭までイカレてしまったのか……)

(……特に、変じゃ、ないけど)

(『幻覚』と話ができてるだろ?

 精神的ショック以外の脳の病が原因でも起こるらし……)


 すると頬に鈍く強い痛みが走る。

 その拍子に瞼が開き、頬を押さえてしまう。


 目の前には柚月(ゆづき)の顔があった。


「ほら……これ、夢じゃ……ない」


 視界の大半を占める満面の笑みが、どうか嘘であって欲しかった……

続きます


因みに、他の『固有名』もこの手順で作成しています

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