Case 62-3
2021年4月6日 完成
2021年4月7日 誤字修正
沓田という予想外の面子により話し合いが混乱する。
そこに助け舟を出したのは、同じく想定外の人物である部長であった……
【2月6日(木)・放課後(16:08) 天文台・1F小部屋】
「篠鶴機関による学園支配は起こり得るわ」
部長が自信満々に爆弾を投げ込む。
だが、相手が悪いのか沓田は全く動じていない。
「ほう? だったら証拠を出してみろや」
「証拠も何も、篠鶴機関へ入る条件は『強い異能力者』
同じように異能力者のエリートを集めている異能部とは共通している」
「してるだけじゃねーか」
確かに、このままでは疑似相関に過ぎない。
だが、部長は待ってましたと言わんばかりに口元を歪める。
「ええ、貴方も偶に職員は見かけるでしょう?」
「まあな」
「彼ら、異能部のOBなの
元異能部として、そこは保障するわ」
部長の一言に思わず黙り込む沓田。
だが、まだ諦めていない顔である。
「それで、OBと学園支配に何の関係が?
まさか仲良しこよしで篠鶴機関に贔屓してるとは言わんよな?」
「ええ、ここには校内自治が許されてます」
「だったら……!」
「……彼らが『保安条例』をダシにしていたとしても?」
部長がいくつかの資料を沓田に渡す。
重要な部分がマーカーで示されており、要旨は馬鹿でも理解できる程に工夫されていた。
故に彼も『保安条例』がどんな原案かを理解できた。
「何だよ、異能力者の集会禁止がどうした」
「それについては三刀坂さんが詳しいわ」
促された三刀坂が陸上部の現状を語る。
『手錠』無しに大会出場が難しく、成績は振るわず
最早弱小異能力者のシェルターにしかなっていない……それが運動部全体に言えるという真実。
「……」
沓田も流石に身近なクラスメートの話を切って捨てることは出来ず
自分の周りに転がっている現実に直面して冷や汗を流している。
また、異能部がエリートの集まりである事がもう一つの相関を浮き彫りにする。
「『保安条例』がある限り自治は骨抜き
それを推進しているのもまた異能部なの、これでわかったかしら」
八朝すらも知らない裏事情に、この場の全員が凍り付いた。
同時に八朝が放った『注意事』も高い解像度で共有してしまう。
神隠し症候群とバレれば、『月の館送り』を避けられない。
「これでいいかしら、八朝」
「あ、ああ……だが」
「礼なら要らないわ
その代わり、この後時間があるかしら」
【2月6日(木)・放課後(16:30) 部室棟・第二異能部部室】
部長の尽力で、八朝の危機意識を共有させることが出来た。
これによって当面の間は『篠鶴機関への対処』に頭を悩まされる必要は無い。
そして、最後の一言が掛け値なしの爆弾となった。
現在第二異能部部室の周りにいくつかの気配が存在しているのも、その影響である。
「Ekaawhsの件はどうかしら?」
「暫くは放置とする
それよりも重要な問題があってな」
「もしかして、後遺症かしら?」
部長には全てがお見通しであった。
ついでに言えば、このまま放置すれば数か月も生きられない。
そんな当たり前の真実に部長が大きなため息を吐く。
「遅すぎるわね
本来なら初日で泣きつく所なのに」
「……これのお陰で助かっている所もあったから」
「ええ、それも分かっているわ
でも本題は残念だけどそこじゃない」
部長が八朝に渡したのは数枚の依頼書。
中身は全て『能力或いは後遺症の調査依頼』である。
中身を検めている間に部長が蛇となった鳴下を机に退避させる。
「これは?」
「貴方に頼みたい事よ」
「Ekaawhsは?」
「さっき貴方が言ったじゃない、放置でもいいって」
部長の反論に一切の隙が無い、敵に回したくないタイプの典型である。
しかもこの『調査依頼』というのは数ある依頼の中でも最も難しい。
『同じ火を吹く能力も、人によってやり方が違う』という言葉に代表されるように
能力の調査にはコミュニケーション以外の如何なる手法も意味を為さないと語られている。
「仮入部の俺に、こんなもんを?」
「ええ、昨日の私ならそうしなかったわ
……今日貴方が沓田君と互角に戦ったなんて聞くまでは」
部長が語ったのは噂の内容と、それに対する考察。
謎の詠唱に能力の発動妨害、そして多様な依代群。
そこから下した答えは、異能力のメタ的な部分を操る知識である。
それを聞いた八朝が努めて冷静に返す。
「単に『巻き戻し』でもう知っていたとしたら?」
「だったら尚更よ
彼が知っていると『仮定』した上で別の『術』を施したのでしょ」
「貴方はそれが出来る程の体系的知識を持っている、違うかしら?」
ここまで見透かされると流石に気持ち悪く、一歩後退る。
部長も流石に客観視してしまったのか、困ったように笑う。
「いきなりは任せはしないわ
まずはこっちから頼めるかしら?」
更に一枚の紙を渡される。
依頼内容は『依代が手の届かない位置に展開されて困っている』。
「……さっきの代価って事でいいのか?」
「それは別にいいわ
その代わり、全部こなしたら私が『青銅人』に会わせてあげる」
八朝の適性を考えても破格の条件であった。
だが、首肯する前に確認すべきことがあった。
「……『青銅人』ってそこまで気難しいのか?」
「それ程でもないわ
貴方のバックにいる『協力者』ぐらい面倒臭いだけで」
それは弘治並に煩雑なのだと暗に言っている。
「ああ、引き受ける……だが」
「安心して、これに関しては私も全力を尽くすわ
うちにはもう1人も欠けてはいけないのだから……」
部長が寂しそうな顔で窓の外の風景を眺める。
奇しくも部長の先輩にして想い人の比婆がいる
『月の館』がある方角へ視線を向いていた。
続きます




