Case 06-3
2020年7月13日 Case 06より分割完了
2020年12月12日 ノベルアップ+版と内容同期
扉を開けると、その他の収容室と何ら変化の無い高窓と無機質な色合いの壁。
黒子のようにこびり付いた監視カメラ。
後は便器と寝床になる柵付きの担架。
G区画に収容されている異能力者は一人の例外も無く担架に縛り付けられている。
丁度この部屋の住人のように……
【同日午前11時30分 月の館・G-113】
「絵藤、患者の情報を」
「十宮義朝、■■■■年2月14日生まれ、現在21才。
5年前に異能力症候群を発症、RAT簡易スキャン結果では他人の夢に侵入する症状があると診断されています」
絵藤が淡々と情報を読み上げる。
それを聞いて自分が今から診察する患者と、目の前にいる患者が同一のものか確認を行う。
科上のRAT画面は読み上げた情報通りのスキャン結果を表示し、早速診断に取り掛かる。
先ずは心拍数、血圧、体温、血中酸素濃度、意識レベル確認等の基礎的なバイタルチェックを済ませる。
前回のデータと特に変化の無い数値なので異常無しと判断する。
聴診器を当てても異音は無く、後は採血をしてRATによる詳細スキャンが終了するまで待機のみである。
「しかし、彼本当に治療段階に入れちゃっていいんですか?」
「どういう事?」
「ほら彼、後遺症が常軌を逸してますし、下手に直しても何しでかすか分かりませんし」
絵藤に促された通りに最後の項目を眺める。
その部分が意味するのは、ヒトとしての意識を運用する上で礎となる感覚体験の全喪失。
即ち、感覚質の崩壊であった。
「だが、我々は治さなければならない。
今後異能力者と非能力者の間で起きる悲劇を予防する為にも」
機関長がそう重々しく断言する。
あの異能力者大量死傷事件であるイムム・コエリの現場にいた彼だからこその決意なのだろう、科上は目を閉じて首肯する。
対して絵藤は不服そうに機関長の話に割り込む。
「そうは言っても最近、変な噂が流れて大変なんですよ」
「変な噂……?」
「絵藤、それは彼に関係無い事ですよ?」
「いや、詳細を話せ。絵藤職員」
それはごくありふれたゴシップであった。
要約すると、今日の非能力者の過剰な異能力者差別の原因が十宮にある、というものであった。
彼が異能力を発症した5年前がイムム・コエリ、天使の日ともズレた時期であり、憎悪表現の流行にも兆候が何一つ無かった。加えて彼の夢に侵入する能力である。
作られた憎悪、を信じ込む一部の人間達にとって十宮義朝は唯一の物証として祭り上げられている。
「只の与太話ですよ。 機関長」
「……」
科上に窘められる機関長であるが、目を閉じて一向に思索を止めない。
その尋常ではない様子を見て、もう一度ベッドに縛られた青年を見る。
相変わらず一切の表情も見せず、昏々と眠り続ける顔しか分からなかった。
「絵藤と言ったな」
「はい、私がどうかしましたか?」
「お前は今からの作業を中断し、俺の会談に同席しろ。
科上職員には本部から応援を派遣する」
部屋を去る機関長に促されて絵藤も退室する。ある程度歩いた所で漸く思考が追いつき始める。
「機関長、一体これは……?」
「では聞き返そう、絵藤職員。
お前はあの噂を聞いて一体どうするつもりだったのだ?」
「それは……もし事実なら通常の治療手順を破棄する必要があると考えます。
彼の悪意を問わずその場で処断しないと、私達の仕事の負担が無制限に増えていってしまうからです」
機関長は得心がいったように頷き、絵藤の話を静聴する。
やがて話の切れ目が見えると、機関長が口を開く。
「ああ、そうだ……それ故にお前は俺に同行する必要がある
俺が今日月の館に来たのもその噂の真贋を見極める為だ」
「なっ……!?」
絵藤が絶句するのも無理はない。
何故ならば本来篠鶴機関の機関長は研究開発に忙しく、滅多に外を出歩かない事で有名なのである。
単なる与太話に足を突っ込んでしまった代償に、自分の力でどうにもならない災害の気配を感じ、戦慄を覚える。
「それは、一体どうやって……?」
「……十宮義朝、彼が異能力に覚醒した現場に居合わせた『唯一』の人間……そいつから話を聞き出す」
【同日午後0時30分 月の館3F・応接室】
やや狭い部屋に非常に大きなモニターがぶら下がっている。
どうやらここは映像を介して通信を行うための部屋としても機能するらしい。
席に座り、モニターの電源が入る。
画面の向こうには陰気そうな青年の顔が映っている、横に写り込んでいる人物の裾の柄から警察署内から通信していると分かる。
『……』
「話は聞いていると思うが、俺が篠鶴機関機関長、金牛明彦だ。
我々の求めに応じてくれた事を有難く思う」
『網町孝です……よろしくお願いします』
互いに挨拶が終わると、青年の同行者である警察官から青年が回答拒否をした質問については無理に追及を行わない等の基本的な進行の注意事項について確認を行う。
それが終わると互いに無言になり、機関長から質問を始めるのであった。
「網町孝、早速だがもう一度あの時の状況を訊きたい」
『はい……あれは5時間目の授業の途中でした。
十宮が突然席を立って教室から出て行ったから心配になって追いかけたんです。 階段の踊り場で十宮を見つけて悩みを聞いて諭し、一緒に教室に戻ったんです。 最初のうちは普通でしたが徐々におかしくなっていって……気が付いたら教室が……』
そこまで言うとモニターの青年は顔色を真っ青にし嘔吐し始める。
これだけでは何の事か客観的にわからないのであるが、これ以上の説明は不要であった。
調布事件、一般的にはそう俗称されている。
異能力者の暴走によって教室にいた生徒、教師を含めた計35名が破裂してしまったショッキングな事件として今も話題に上がっている。
この青年はその調布事件の唯一の生き残りでもあった。
「彼との関係は?」
『親友です』
「了解した、ありがとう。
では次の質問をさせて頂く」
機関長は顔色を変えずに質問を続ける。
その前に鞄の中から水や擦れで表紙がボロボロになった一冊の大学ノートを取り出すと、それを青年が見えるように持つ。
「このノートは?」
『これは十宮のスケッチブックです。 あいつも俺も漫画を上達させるためにこれにイラストを描いて、偶に見せ合ったり絵の交換とかもしていたんです』
それを訊かれてびくりと肩を震わせる青年。
自分の目の前にもスケッチブックが配られる、どうやらこれは複数個存在するものであるらしく、事態の把握のために中を開いて確認する。
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(………………は?)
スケッチブックの中身は、夥しい程の文字の羅列であった。
少しでも多く書けるように字は小さく、それ故にノート全体が薄汚れているような印象を受ける。
だが問題はそこではない。
多少スラングの混じった、陰湿な会話の記録がタイムスタンプと共に書き込まれている。
巷の『転生者』とやらに見せてやればそれが有名なネット掲示板の形式と分かるだろう。
そんな……悍ましい『妄想』の記録であった……
続きます(次話注意)




