Case 62-1:虹を弓と見做す能力
2021年4月4日 完成
一足先に天文台前へと足を運ぶ八朝。
そこに八朝を知っているであろう中等部の向葉と出会う。
【2月6日(木)・昼休み(13:20) 篠鶴学園・天文台前】
話を聞くと、彼女は柚月のクラスメートであるらしい。
親友を自称しているみたいだが、行動が一緒じゃない時点でお察しである。
「それでさー
あっ、ほらあそこあそこ!」
指差した先、日当たりのいい木の下で丸まって寝ている柚月の姿があった。
対して、何故か自分たちは藪の中に身を隠している。
「……確かにいたな、で?」
「もちろん、先輩の力が必要なのはこっからです!」
「……」
皆まで言わなくても、何をしてほしいか把握した。
捕えるまではいかなくても、近づくために目を逸らさせてほしい。
今朝の出来事から八朝はあまり乗り気ではなかった。
「正直に言うが、俺は家でも避けられてるぞ」
「そんな筈はありませんよ先輩!
柚月ちゃん、結構な頻度で先輩の事言ってますし」
「……それは、会話でだよな?」
「いえ、独り言ですよ
流石に私じゃないと聞き逃すぐらいに小さな声ですけど」
八朝は興奮気味に話し込む向葉に戦慄を覚える。
一瞬エリスと目線が合ったが、話し合わなくて良かったと胸を撫で下ろす。
「さあ、先輩!
いつも家でやっている時みたいに安心させるのです!」
非常に語弊のある言い方であるが訂正する気力も薄れる。
取り敢えず立ち上がろうとした腕を向葉に思いっきり引かれる。
「いきなり何を……」
「駄目ですよ先輩
相手は学園五指、そのまま近づいたら気づかれちゃいます!」
「家にいる時みたいにだろ、だったら……」
「それは近づいてからです!
基本匍匐前進で、物陰をチェックしながら……」
何となく彼女が怖がられている理由を理解した。
友達になろうと笑顔で匍匐前進してくる同級生なぞ想像したくない。
次々とルートを指し示す向葉を無視して普通に近づく。
「あっ……
先輩の蛮勇、しかと見届けさせて頂きます!」
向葉がそう声を張り上げ、『左手』で敬礼する。
この時点で気付かれそうだが、当の本人はすやすやと寝息を立てている。
時刻は13時25分前。
そろそろ起こしてやらないと授業に遅れてしまうだろう。
(まぁ、大義名分があるだけマシだな)
柚月に近寄り、揺すって起こそうとする。
手が触れる数瞬前に瞼を開け、ばっちり目が合ってしまう。
(しまった……! このままでは……)
変質者かストーカーか。
確かに葬送の方の敬礼をされただけある致命的事態であった。
脂汗が止まらないが、取り敢えず当初の目的を果たす。
「もうそろそろ授業だ
戻らないと遅刻するぞ」
声は震えていないが、やはりこういう時に限って機体はポケットの中。
俺を強請るネタをこさえている最中なのだろう。
「……」
「……どうした、急がないと」
「あの……天文台……」
「ああ、あっちは天文台だな」
「おひる3時50分」
たったその一言で、彼女が今日の集まりを把握していることを悟る。
(どういう事だ?
いや、七殺経由……それよりも根本的な)
いつもの調子に彼女と目線の高さを合わせてしゃがんでいた八朝。
すくりと起き出した柚月に先手を取られ、頭を撫でられる。
「何を……」
「大丈夫、『あやちゃん』は私を殺さない」
「あやちゃん……鳴下文……!?」
「うん、だから生きてた」
彼女も『巻き戻し』を認識しているらしい。
しかも、この『巻き戻し』に対して何か知っているような口振りである。
何かを聞こうとしたが、もう間合いの外まで離れてしまう。
「それに無くても大丈夫だった
……わたしこそ人間じゃないから」
そう言って柚月が立ち去ってしまった。
そして残ったのは事情の知らない爆弾の如き後輩が一人。
「うーん……やっぱり失敗だったね!
でもすごいよ、切り刻まれなかったんだから!」
「……もしかして」
「うん!」
元気よく衝撃的事実を口にする。
もう頭を抱えても頭痛が収まる気配は無さそうだ。
「でも人間じゃないってなんだろうね、気になるー」
「……取り敢えずは柚月に関わってくれて助かる」
「ええーそんな事ないですよーもう!」
背中をバシバシ殴りながら照れている向葉。
この時点で彼女の怖いもの知らずに思わず舌を巻いてしまう。
「それでも匍匐前進は禁止で願う」
「そ、それは困りますよ先輩!
私から最後の希望を取るなんて鬼!悪魔!ロリコン!」
「……一度普通に近づいてみると良い
そうしたら、俺の言ったことが分かるだろう」
因みにこの顛末で八朝は次の授業を遅刻した。
まさかバケツを持たされる刑罰が残っているとは思ってもみなかった。
続きます




