Case 61-2
2021年3月31日 完成
目を開けると深夜の寒い自室の天井。
明らかに4月とは思えぬ景色に呻く……
【■月6日(木)・深夜(0:00) 太陽喫茶・自室】
「……戻った、のか?」
右手を握り、伝わる痛みでここが現実なのだと悟る。
続いて沸き上がったのは、今は何月なのか。
部屋中の私物を漁って確認しようとするが、上手く見つかってくれない。
『ふうちゃん
何もない日なの……に……?』
起き抜けのエリスの様子が途中からおかしくなる。
心配になって声を掛けようとしたところにエリスのタックルが飛んできた。
「……ッ!
一体どうしたんだ」
答えは無く、啜り泣きのみ。
端末の冷たく、面でしか当たらない感触が
彼女から感じる『人間っぽさ』を八朝から奪い去っていく。
つまるところ、本当は泣いてなどいないのでは……と。
(……そんな訳あるかよ
エリスは人間だ、ちゃんとこの目でも見た筈だ)
思い出すのは転生直後のぎこちなかった関係。
……というよりも、不意に見えた彼女の肌色の方が印象が強く残っていた。
(………………)
頭は抱えたいが、エリスが占領しているのでまたの機会にする。
彼女が泣き止んで落ち着いてくれるのを待った。
『……本当に生きてるんだよね?』
「そりゃ当然だ」
『ホントに『亡霊』って訳じゃなくて?』
「二つ名でそいつの全てが決まるわけないだろ」
鬱陶しくはあるが、落ち着くための必要な作業だ。
その証拠に、先程の不埒な妄想まで引っ込んでくれる。
『よかった……
ふうちゃん、突然倒れてそのまま起きなくて、それで』
「……」
恐らくは『1つ前』の同じことを選んで無駄にした世界の事だろう。
あの時の八朝は、不眠で突然死した上に『祟り』も残さず鳴下を犬死させた。
時には恥ずかしげもなく、自分の欲求を押し通す大切さを学んだ。
……但し、不倶戴天の『創造神』の目の前で。
「そうだな、最初の問題はこの不眠だな
今の所後遺症だけ抑えた事例は聞いたことは無いが……」
『……』
だが、手掛かりはある。
異能力学集成の原本と、先ほど見た夢の中でのワード。
(……『青銅人』か
三刀坂の時にチラッと聞いたが、当たってみるか)
と、ようやくエリスが黙っていることに気付く。
「安心しろ、最優先はお前を元に戻す事だから」
『……うん、わかってる』
エリスが茶化すのでもなく、噛み締めるような返しをする。
何やら様子がおかしいのだが、ここで何かに気付く。
(そういや、俺はエリスの事をそれほど知ってない……)
彼女が八朝を『恩人』と言っている事から同郷なのだろうとは予想する。
だが、そこから先が何もかもが不明なのである。
転生前での関係とは、恩人呼ばわりされる出来事とは?
彼女が一体どういう姿をしていたか、それに生まれはどっちが早いのか?
……重要な確認事項をすっかり忘れていた。
「エリス、すまないが今は何月だ?」
『え……あ、そういや私も忘れてた!』
そう言って数秒程度の処理の後、画面を見せてくれる。
2月6日木曜日……前の二回に比べて2か月近く早くなっていた。
だが、問題はそこでは無かった。
「2月……辻守の事件……」
それは鹿室も居なければ、化物が健在で
しかも第二異能部のエースである辻守が未だに異能部である時期。
この時点で総戦力が半分を下回っていた。
(あの野郎……やりやがったな!)
何となく、彼が『万全になった3月』に送らないとは予想していた。
であれば1月辺りに送って辻守の件を最初からやり直させると予想していた。
だが、2月6日では遅すぎる。
『巻き戻す前』のどちらも、事件発生が2月12日と残り6日。
(駄目だ、問題が多過ぎる
明日何としてでも全員を集めなくては……!)
と、ここで重要な二つ目の確認事項を思い出す。
「エリス、何度も済まないがもう一つ聞いていいか」
『うん、いいよー』
天真爛漫に答えるエリス。
声の調子からも普段通り人間らしさを感じる。
まさか先程のように疑うまい、それ程には……
「七殺は覚えているよな?」
『え……勿論だよ
ふうちゃんが初めて化物を人間にした……』
この答えだけで充分であった。
今回のエリスは『巻き戻す前』を覚えている。
というか、先程自分の死因を喋ってくれたのを忘れていた。
『突然どうしたの?』
「いや、今回は覚えててくれたんだなって」
エリスが不思議そうに宙に浮く機体を傾ける。
これでピースは揃い、当面の目標は立った。
①鳴下達を集めて話し合いをする
②『青銅人』の調査を行う
②Ekaawhsを退治する(中期目標)
(取り敢えず今日はこのまま待機しよう
鳴下も言ってたし、偶には目を閉じてみるか)
不眠解消にアドバイスされたことを確かめる。
予想通り何の役にも立たなかったが
これまでの歩みが星のように微かに瞬いていた。
続きます




