Case 61-1:雑霊と契約する能力
2021年3月30日 完成
【2月1日(土)・深夜(0:36) 抑川地区・辰之中】
辰之中。
端末により作られる閉鎖空間の名前にして
篠鶴市の『異能力者共生都市宣言』を支える『暴力装置』である。
廃墟となり水浸しとなった篠鶴市の中で
異能力者は異能力を使用でき、町中を化物と呼ばれる敵性生命体が徘徊している。
この化物の標的になる事を『タゲられる』と言い
その際に異能力者を引きずり込む為に作成された異空間を『沈降帯』という。
突然この話をした理由としては
今現在の抑川地区にこの『沈降帯』が大量に出現している異変を挙げておく。
『この程度でいいかな?』
辰之中の、奇跡的に壊れていない椅子に一人の青年が腰掛ける。
展開していた依代を『腹の中』に仕舞い、点滴台の揺れも収まる。
溜息一つに、端末に展開した地図を眺め、一人ニヤリと笑う。
『まさか誰も覚えていないだなんて!
これが『巻き戻し』の悪徳なんですね、八朝さん!』
この青年の名前は市新野悠真。
先程口にした八朝と同じクラスの生徒で
学園では優秀な電子魔術師として評判の人物である。
無論そんな筈もなく
彼の正体は悪疫……即ちテロ組織『十死の諸力』のリーダーである。
『まだ僕の正体が知られるにはいきません
ここはまぁ、『不幸にも『沈降帯の大量発生』に巻き込まれて死んだ』が妥当でしょう!』
即ち、この沈降帯の大量発生を引き起こしている犯人の一人なのである。
狙いは一つ、『前回』邪魔してきた八朝の始末である。
まず、遠回しな手段に及んだ理由として彼の異能力の特性にある。
『病毒を操る能力』……即ち病原性微生物による『疫病』を操作する彼の能力であるが
その微生物を量的にも質的にも完成させる為に数か月単位で時間が必要なのである。
2月現在の彼の異能力は家庭感染を引き起こすには十分だが
彼の目指す『異能力者だけの世界』を引き起こすのにはあと数か月掛かる。
それまでは何としても目立たず生き残るしかない。
(それにしても2月ですか
八朝はさておき、あの鹿室が転校前なのも大きい)
『今のうちに邪魔な奴を全員排除して……』
『ほう、面白そうな事をしているではないか小僧』
いない筈の人の声に驚き、席から立って振り向く。
この周辺で辰之中に潜っている人間を全員『病死』させたのに何故なのか。
『知れた事よ
我等が『妖魔』に疾病なぞ効かぬよ』
『妖魔だって!?』
妖魔とは化物と似て非なる敵性亜人種の事である。
彼らは人語を解し、100年前の篠鶴市で『金鼬銀狐』が退治するまでこの町を荒らし回った正真正銘の災害。
或いは、異能力者のプロトタイプと目される『天候操作能力』の持ち主。
『……人の形をしていれば『病魔』だって同じでしょうに!』
『であれば、我等が『超越者』であると理解できよう?』
ここに八朝が居れば『妖魔は疾病を引き起こす存在』と、一瞬で解答に至るが
微生物学しかない市新野では前例を漁るしかない。
(馬鹿な……学園五指の『青銅人』みたいな超耐久
いやいや、それでも俺の『微生物学』の前には無力の筈!)
必死に目の前の脅威の対処法に追われる中
当の相手はつまらなさそうに頭を掻いている。
『まだ理解していないか?
我等妖魔の門弟として異能力者が居るという事実に』
『……只の伝説の癖に、口だけは大きいみたいですね』
『口だけではない
我等は須らく異能力者よりも大きいのだ』
頼みの綱の『煽り』すら効いていない。
市新野にとって最も厄介な相手であった。
(どうする、今の残量ならあと一人分は殺しきれる
その為に計画が更に2か月遠のくが、ここで死ぬよりかはマシだ!)
『Sudbs!』
再び腸鞭を展開して、振り回す。
妖魔は軽々とこれを躱すも、油断して近づいた為に『飛沫』を浴びてしまう。
『……ッ!』
違和感を感じ、市新野への攻撃を取りやめる。
バックステップして、水面に映る悍ましい瘢痕の群れに呻き声を上げる。
『誰が『疫病』なぞ効かないだって?
そりゃあ、君達の『疫病』ならでしょうよ』
『でも『呪詛』と『疫病』は別の話
空想は空想らしく、汚らしい現実に圧し潰されて死ね!』
妖魔は瘢痕が体外から体内にまで広がっていく様子に舌を巻く。
確かにこのタイプの『毒』は見た事も聞いた事も無いのである。
(ほう、肺臓を潰して体内を毒虫漬けにすると
中々見込みのある少年であるな、だがこれならどうだ?)
妖魔が突如として魔力を解放させる。
水を吹き飛ばし風を暴れさせる衝撃に市新野は踏ん張るしかできない。
『貴様の力、確かに見届けた
であれば我等の門弟となる『試練』を受けるがよい』
唐突に衝撃が収まる。
まるで白昼夢を見せられた後のように何も変化していない。
強いて言えばちょっと明るいだけである。
『で、それがどうしたんですか?
その魔力の無駄遣いだけが貴方の実力なんです?』
『そう急かすでない
400秒くれてやる、その間に我に一度でも攻撃を当てれば貴様を認めよう』
先程からこの妖魔は自分が見えていないらしい。
『煽り』は効かないが、こういった手合いを屈服させるのはさぞ達成感があるのだろう。
市新野は口角を吊り上げて油断する。
『へぇ、先程は無様にも当たった癖に、目まで独活なのですね』
『ほう、言うではないか』
『400秒と言わずに10秒で終わらせてあげますよ!!』
市新野が腸鞭を振り回す。
それを妖魔が神業の如く全回避するが、着地の寸前に隙が出ている。
『『『『『『Vrzpyq!』』』』』』
端末を二台起動させ、ハウリングを行い電子魔術を多重発動させる。
無限回の発動を全て飛沫の軌道変更に用い、一部を遅延化。
それでも雨を避けるかの如き妖魔の動きに段々と焦りが出始める。
(それでも、周囲の『汚染』は成った!!)
残り全てを、周囲の水に対して発動する。
即ち、高濃度の『天然痘』によって汚染された水の壁。
普段なら『突然変異』を引き起こす為の術式で
妖魔を閉じ込める水牢を作成する。
『10秒経過したな』
そう言って妖魔が疫病水牢を吹き飛ばす。
彼女に付いていた瘢痕も何故か全て消え去っているのに市新野が舌打ちする。
『だから?
今の油断たっぷりな君に……』
『いや、もう遅い』
そう言って妖魔が指差したのは北天。
見上げた空は、文字通り目を潰す程に明るすぎたのだ。
『……ッ!』
『我が妖魔天象『客星』は
星の真なる姿を地に呼び寄せる力である』
『そして我は『紫府大星』……即ち、北辰大君が罷り通る』
明るすぎた星はやがて天を埋め尽くす青色のマグマと化した。
地を覆う水が軒並み沸騰し、人なぞ容易に焼き尽くす灼熱に市新野が藻掻き苦しむ。
(い……息が……ッ!)
『自ら立てた『誓い』も守れぬ弱者なぞ不要
その罪深さ、司禄の理たる北辰大君の前にて骨の髄まで晒すがよい』
マグマは天から地を覆い、全てを焼き尽くす。
彼の張っていた沈降帯すらも全て焼き尽くし、辰之中に真ん丸の焦土を穿った。
ここで、沈降帯の作成方法に化物の力が不可欠なのを付け加える。
恐らくは周囲に大量発生していた化物を病で操っていたのだろうが、それも真実ではない。
つまるところ、この沈降帯は『客星の妖魔』が敷いたものであった。
そんな彼我の差すら知ることなく、宣言通り白骨と化して絶命した市新野。
その骸からは『油断して死んだ』以外の何の真実も見つからなかった。
続きます




