Case 06-2
2020年7月13日 Case 06の分割完了
2020年12月12日 ノベルアップ+版と内容同期
刑法その他罰則条項を犯せし異能力者は直ちに月の館に収容しなければならない。
心神喪失者であっても同様とし、収容期間は無期限とする。
- 篠鶴市における異能力者共生都市宣言に関する条例|(異能力者共生都市条約)・第116条
また前条による収容者の異能力が変質し、意思疎通が不可能と認めるときは
篠鶴機関長の権限により『最終処分』することができる。
- 篠鶴市における異能力者共生都市宣言に関する条例|(異能力者共生都市条約)・第117条
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- 篠鶴市における異能力者共生都市宣言に関する条例|(異能力者共生都市条約)・第I条
【4月24日午前11時00分 篠鶴機関外部施設・月の館】
篠鶴市の北部、手つかずの住宅街の静寂を破るように鉄格子に囲まれた施設が鎮座する。
この施設の名を月の館と呼び、異能力者からは死よりも恐ろしい場所と噂される。
もしも施設の屋上から南を望めば右に欧風迷宮都市たる抑川旧市街。
その左に樹齢1400年の大木の陰に広がる水瀬神社の神域、真ん中は篠鶴中心街の夜をも恐れぬ摩天楼。
カオスを極める篠鶴市を一望できる場所として人気が出た筈の好立地にその施設が居座っている。
その玄関に一台の護送車が到着する。
施設の制服を着た男たちが車の後部ハッチを開け、車の左右端の座れるスペースでぐったりしている青年の肩を持ち、2人がかりで運び出す。
エントランスの自動ドアを通過し、その先の金属探知機をクリアして今まさに担架を運んで来ている最中の職員に青年の搬送を引き継ぐ。
担架は施錠された鉄格子の奥の区画に入り、呻き声や叫び声が止まらない不気味な廊下を抜けて、左に曲がった通路の途中にある扉を開け、担架をその部屋に収容する。
全ての作業が終了した女性職員は伸びをしながら隔離区画の事務スペースへと戻る。扉を開けるとお茶とおやつで寛いでいる同僚の姿を発見する。
「絵藤君……今は勤務中よ」
「あっ、科上チーフ! 護送お疲れ様です!」
絵藤と呼ばれた男性職員は居住まいを正して女性職員に敬礼する。それを崩させ、漸くソファに疲れた体を鎮める。
「どんな人が入ったんですか?」
「えーっと、確か……そう、即死付与能力の青年」
「そ、即死付与!? だ、大丈夫だったんですか、チーフ?」
「機関長に眠らされているから大丈夫だったわよ、しいて言うなら重かったわ」
寝ながら自分の肩をもんで労わる。
女性に比べて筋力量、骨量が比較的高い男性は相対的に重く、護送における苦痛度を上昇させるファクターとなり得る。
上司が来てから仕事モードとなった絵藤は、メモを開き今後の予定などを確認し始める。
「絵藤君、この後の予定は?」
「G-113の回診ですね。
それ以降は新しく入った人用の申請書類の山です」
目線だけで仕事机を眺めると2つの山札と化した大量の申請書が置かれている。
どう考えても今日一日で終わる量ではない、誰か絵藤以外を捕まえてくる必要がある。
科上の眉間に千尋の谷を思わせる皴が一瞬だけ刻み込まれる。
「じゃあ昼休憩前にちゃっちゃと回診済ませるわよ」
「了解です」
すっかり白衣に着替え終わった絵藤を連れて、疲れた体に鞭を打つ。G-113の収容場所はここから対角側、即ち一番遠いところにある。
科上は白衣のポケットの中に仕込んだ栄養ドリンクを一気飲みし、体調を整えようとする。
「G-113は確か、Mag型異能力者でしたね……未だに昏睡状態の」
「そうね、今も眠ってて欲しいところだけど」
科上のジョークは絵藤からの苦笑という結果を招く。
実際問題昏睡状態であれば、報告書が短くて済むからである。
下手に起きて事情聴取なんて発生すれば書類の山と合わせて残業が確定してしまうのである。
「しかし、一体何をしたらこんな若い年齢でMag型を……?」
絵藤がそう懸念するにも理由がある。
そもそもMag型とはNom、Slnの2つある制御方式の例外として語られる異能力のタイプである。
曰く、極限まで磨き上げた技能がそのまんま異能力となるのがMag型であり、他の異能力と作用機序が全く違うものとなっている。
若くしてMag型とは、それだけで稀代の天才を表す称号になり得るが故に、それを頂く人物の性格が一般人のそれと逸脱しているケースが多いのが実情であった。
「そうね、興味深くはあるけど今は判明して欲しくないわ」
本当にそう願いつつ受け答えをする。もうすぐ件の病室に着くというのに1人も職員がいない。
これでは残業が確定してしまう、眉間を揉んで頭の力を逃がそうとする。
「これで、君も残業確定ね」
「大丈夫ですよチーフ。
あの書類先に僕が見てチーフの承認が必要なものと、確認するだけでいいもので分けましたので」
絵藤が持ってきたノートを開いて見せる。
そこに書かれているのは確認事項の纏めであり、後はこれを写すだけで終わるらしい。
忘れていた、この男は自分が怠けたいために常人ではあり得ないような働きっぷりをする捻くれたスーパーマンであったことを。
「チーフどうしたのですか、寝不足ですか?」
「そうじゃないわよ、今日新作ゲームの発売日だから夜勤するわけにはいかなかったのよ」
「ああ、確かにそれは夜勤したら駄目っすね」
漸く科上の不機嫌の真相に辿り着く。この仕事の上がりの時間と移動時間を含めたらほぼ1時間も猶予が無い。
数量限定特典は諦めるしかないが、それ以外は運が良ければまだ狙える状況にあるのだという。
今日初めて科上から出てきたジョークを苦笑しながら同意しつつ、G-113のある通路までたどり着く。
恐らくG-113の部屋の前辺りに、遠くからでも分かる獅子のような見た目と、その見た目通りのオーラを放つ人物が佇んでいた。
「機関長、お疲れ様です」
「お疲れ」
敬礼する2人に向き、獅子の如き男が一声相槌を打つ。
彼こそがこの月の館、ひいては篠鶴市の治安の全責任を担う篠鶴機関の機関長である。
若干30代でありながら異能力の原因となるウイルスを特定し、生物学における世界的権威の賞の受賞歴を持つ真の天才であった。
「機関長はどのような用件でここに?」
「ああ、この患者について進展があったんでな……」
進展、と聞いて科上の顔が一瞬強張る。
ゲームは諦めてしまおう、と予防線を張って平静を取り戻そうとする。
先に口を開いたのは絵藤であった。
「進展、と言いますと意識が戻ったのですか?」
「いや、彼の関係者との会談が控えている。その事前確認の為にお前たちの回診に同行する」
「左様ですか……では私から不躾ですが1つお願いがあります」
「何だ、話してみろ」
絵藤が語ったのは、今日護送された人に対する申請書の量と期限が釣り合っていない事。
このままでは残業が発生するので応援を呼んで欲しい、という事であった。
絵藤が列挙する人物名は、それぞれ承認の判を押す前に確認の連絡を入れなければならない人物達であり、その部分を機関長が担当して欲しい、というものである。
「……内容は」
「このノートに纏めています」
絵藤から受け取ったノートを眺め、該当部分のページを切り取って持ち主に返す。
機関長が満足そうに静かに首肯する。
その様子を科上は冷や汗をかきながら静かに見守っていた。
続きます




