Case 57-3
2021年3月11日 完成
危機を感じ、マスターより禁じられた『電子魔術』を行使する。
だがそれは、地獄の蓋を開けるが如き所業であった……。
【6月25日(水)・夕方(18:00) 篠鶴地下遺跡群・太陽喫茶付近】
「うおっ!?
何だこれは!」
突如現れた霧によって視界が灰色に染まる。
霧で覆い隠すのでなく、目そのものを汚すような有様に嫌悪感の声を上げる。
目をこすろうと瞼を閉じて、灰色のゴミがまだ見える状況に慄く。
(誰だ……こんな事を……!?)
するといくつかの銃声と共に、お腹に鋭い衝撃を覚える。
抑えた手がぬめりと濡れ……体の芯から冷えていく。
「うああ……ああああああああぁぁぁぁあぁl!!!」
(や……やめてくれ!
俺たちがいるのを忘れてんのか!?)
下手人は部下にして同僚の○○。
隊長は既に乱射の餌食になって事切れているのだろう。
尤も灰色の汚れのせいで確認はできないが。
(どうする……俺も死にたくない!
そうだ、これは夢だから早く起きれば!)
焦り、恐怖、思考停止、拒絶、否認。
そして、自分をこんなことにした奴への憎悪。
ああ……彼奴のせいだ。
「許さない……お前のせいで!!」
◆◇◆◇◆◇
先程から同僚の様子がおかしい。
ぶつぶつと何かを言ってお腹を押さえている。
顔色は真っ青を通り越して既に白くなっている。
「隊長! ■■が!」
「そいつは俺が引き受ける
おい、しっかりしろ△△!!」
隊長は一頻り呼びかけても反応が無い。
恐らく置いて行かれる。
そんなわけにはいかない、彼奴は初めて俺に……
『Yyfa cl Awsrnc xg / Tx vo Jxfb xa p wv la / Fhrwqo ib cp wo』
またこれだ。
この詠唱が聞こえるたびに、何か見てはいけないものが見え始めている。
■■の発狂といい
隊長に纏わりついている夥しい死者といい、頭がおかしくなりそうだ。
「仕方がない
気付薬を投与する、抑えててくれ!」
「は……はい!」
隊長がそういって懐から探している。
放っておかれないだけマシなので、言われた通りに■■を羽交い絞めにする。
だが隊長が取り出したのは
小動物なら容易に引き裂けそうな、頑丈で鋭利なサバイバルナイフ……
「た……隊長!
何をする気ですか?」
「何をって話を聞いていなかったのか!?
まぁいい、その体制なら楽に『殺せる』から助かる」
「こ……殺す?」
言っている意味が分からない。
急いで■■を解放し、今度は隊長と揉み合う。
「な、何をする!
ただ殺すだけだぞ、邪魔をするな!」
「僕は■■を見殺しにはできません!」
「さっきから何を言っているだ貴様!
手遅れになるぞ、早く魂の解放をせねば死ぬぞ!?」
いよいよもって隊長が狂ってしまったらしい。
『Xmoq nb Dyfipq qb / Scuntm Zoyixa dw Gmpi tv / Eclxqqlb qq bh rq Lapc ym』
いい加減、その気持ち悪い詠唱を止めてくださいよ隊長
ただでさえへったくそな鼻歌にも耐えているこっちの身にも……
「何を言っているんだ?
俺は詠唱なんか使ってないぞ!?」
あれ、そういやそだっけ。
ああ……気付薬か、確かによく見たら刃物じゃなくて……
◆◇◆◇◆◇
(よし、うまくいったみたい)
心中でガッツポーズをとる。
今しがた放った電子魔術の効果である『錯乱』が効いている。
あと1分も絶たないうちに体力を使い果たして無力化するだろう。
(でもどうして駄目なんだろ……
たしかにあばれちゃうのは可哀そうだけど)
この時彼女は2つの見落としをしていた。
1つは今放った電子魔術の属性が『闇』だった事。
即ち『真の初級闇属性電子魔術』による『過剰知覚進化』が本質であるこの魔術への見落とし。
2つ目はまもなく訪れた間欠的な3回の銃の乱射音。
その3回目で肩を撃たれてしまった事である。
「……ッ!!」
余りの激痛に吐きそうになる。
膝から崩れる脱力感を大股で耐え、患部を手で押さえる。
(うそ……なんで……)
霧が晴れた先にあったのは2つの死体という地獄絵図。
そして父と同年代の男による憎悪の視線。
「お前が……許さない……ッ!」
逃げようとして背中を向けたのが致命的であった。
身体に刺さる幾度かの衝撃が、彼女に死を実感させる。
土の匂いと共に男の憤怒が聞こえてきた。
「何故俺達がこんな目に!
『天神御守』だが知らねぇが、仲間を狂わせた罪……ただで済むとは思うなよ」
背中を縫い留める体重の感覚が消えたかと思うと
今度は服ごと身体を引っ張られ、身体を壁に叩きつけられる。
「ぐ……ッ!」
「おう、お前よく見たら美人じゃねーか
勿体ないなぁ……せめて俺だけでも楽しませてくれや」
体のどこかから悍ましい感触が這う。
じたばたもがいてみても、それ以上に抑える力の方が強い。
「暴れんなや、じきに気持ちよくなる」
「……寄るなオッサン、気色悪いんだけど……」
もう一度、壁に強かに打ち付けられる。
頭蓋に重く鈍い衝撃が入り、意識が消えそうになる。
「……だよマグ……んじゃねーよ……ろ!」
恐らく注射を刺したんだと思われる。
だが、彼女には何故か効いていなかった。
朦朧とした意識の中で、彼女は男の声を聞いた。
『Uavx pc Snarnc vk / Jkuaigsz Objpyp ce / Pi wx ow Frem』
それは自分にしか使えないはずの電子魔術の秘奥。
正体は分からないが、それ故の恐怖に再び意識が現世に戻る。
「やめ……て……」
「ハハッ! 止めてほしくば愛しの『彼氏様』にでも助けを求めるんだよ!」
「たす……けて……ふうちゃ……ん」
「ま、尤もソイツは今頃……ッ!」
唐突に鈍く低い空気の振動と
地面に突き刺さった薙刀の一撃が、男から全ての意欲を削いだ。
「咲良ちゃん!」
その声に安心して、今更になって生命の危機を『気絶』を以て返したのであった。
続きます




