Case 56-1:群れを成す能力
2021年3月3日 完成
エリスが招待した電脳内で『天神御守』の位置が判明する。
水瀬神社の地下100m、即ちあの『迷宮』のスタート地点である……
【6月25日(水)・昼(14:00) 水瀬神社・骸岩の洞】
「水瀬神社の地下か……」
報告を聞いたマスターが渋い顔をしている。
「何か問題でもあるのか?」
「ああ、恐らくは『骸岩の洞』という篠鶴地下遺跡群の一部だが
あの領域だけは篠鶴機関でも手が出せなくてな……向こうも馬鹿ではないらしいな」
全員分にコーヒーが配られる。
例え機関長が残っていたとしても太刀打ちができない現実が湯気と共に揺れる。
誰もが落ち込んでいる中、錫沢が不思議そうな顔をする。
「そこまで落ち込む必要なんてありますの?」
「当たり前だ
機関長でも無理な……それこそ錫沢の人間がいなければ……」
そこで気づく。
錫沢瑠香、亡き父に代わり名目上の錫沢家当主となった人物。
「それに『骸岩の洞』でしたら会合場所の一つでありますの
何なら、今すぐにでも皆さんをお送りすることが出来ましてよ」
一瞬にして骸岩の洞の会議場に辿り着く。
例にもよって『本棚』はあるが、全て何らかの火気により燃えてしまっている。
更に、真ん中にあった筈のテーブルが『謎の砕けた巨岩』によって押しつぶされていた。
「え……何ですのこれ?」
『ふうちゃん、これって……』
「ああ、東岸だな」
『迷宮』の最後で化物となり
一騎打ちで八朝に敗れた異世界の好青年。
ここは間違いなく『迷宮』であった。
「東岸って?」
「転生直後に仲間になって、こうやって化物の本性を晒した」
「あっ
あの1月の不法侵入の時の」
「……まぁ、そうなるな」
地上に出て直後警察に捕まりそうになった苦い思い出が蘇る。
だが、未だに『誤解が解かれ釈放された』理由が分からない。
誰かが、いたような……
「貴方、ここの構造を知ってますの?」
『うん、真っ先にマッピングしたから今からでも展開できるよ』
そう言ってエリスが全員の端末にマップデータを渡す。
「じゃあ八朝君が言ってた迷宮って」
「ああ、どうやらここらしいな」
それと共に『創造神』との苦々しい思い出も蘇る。
確か『巻き戻す前』もこんな最終局面で立ち塞がって……
(……今は会いたくはない
奴を滅殺できる概念を手に入れるまでは避ける)
謎の障壁に、人をゴミクズのように吹き飛ばす膂力。
底知れない実力の記憶が不安要素としかなっていない。
「それでは試してみますがいいですの?」
錫沢の催促で、マップを基にした探索が始まる。
それから少しして、データが正確であることを確認すると、再び全員が集まる。
「今回の目的は『天神御守』の無力化だ
……できるなら鳴下には付いてきて欲しくは無かったが」
「何を言ってますの
彼女を苦しみから解放できるのは私の神楽だけですもの」
そうは言うが表情の陰りが抑えられない。
同じような理由で千早と曲橋も連れて行けず、弘治は未だに眠り続けたまま。
八朝、三刀坂、七殺、鳴下、錫沢の5人でやるしかない。
「分かった、もう一度確認する
骸岩の洞の最奥……恐らくは転生の間に安置されているであろう『天神御守』の無力化」
「その間に立ち塞がる全ては敵だと思って対処する、いいな?」
一見当たり前の事であるが、八朝の断腸の思いの末の結論である。
辻守との対峙……それだけではなく咲良・曲橋の姉と不幸な対面すら有り得る。
その悲壮な覚悟はあるかという問いである。
「まだ死んだとは決まってないんだけど」
「それに辻守さんもまだ対話の余地がありますわ」
「いや、そんな時間は……」
「ええ、ですから『出来る限り』ならよろしくて?」
三刀坂と鳴下が発破をかける形で
本当の作戦目標を全員で共有する。
但し、特に空気を読まない七殺が八朝の腕を組む。
「じゃあ私はふうちゃんに賛成ね」
「な……!?」
「1vs4とか酷いじゃん
私ぐらいが味方してあげないと、ね」
憐れみというよりも抜け駆けを狙った発言に俄かに不穏な気配が漂い始める。
遠くで全く輪に入れなかった錫沢が頭を抱えている。
こうして不和を起こしながら『天神御守無力化』が始まった。
続きます




