Case 54-2
2021年2月22日 完成
機関長による説得が空転する。
それよりも少し前に、もう一つの因縁が開かれる……
【同日同時刻 太陽喫茶・3F隠し部屋】
「来たのね雅、それに葵」
刃はあの時と同じく、柔らかな笑みで鳴下達を迎える。
傍にあるソファに泣き疲れた千早が寝かされている。
「聞きましたの
貴方、篠鶴機関の長を頂いたのを」
「長ではありません
三壁の『右壁』、治癒部門を統括しているだけです」
あくまで機関長を長として立てる刃。
だが、鳴下はそんな彼女の様子を信じられない目で見ている。
「貴方……あの男を立てるつもりですの?」
「口を慎みなさい雅
口調は変わってもやはりその攻撃性は終ぞ治りませんでしたね」
「それでも、その機器が使えてるのは……」
「ええ、全て把握しております」
鳴下だけでなく葵まで絶句してしまう。
その理由は十分前に遡ることになるが
要は『八朝の本物をどかすのを許可をする』その場面を見てしまった故である。
「彼女を侵している『微生物』は間違いなく古の疫病史を紐解く鍵となります
現在進行形の疫病騒ぎであるこの異能力症候群も、あのお方がきっと根絶してくれます」
「彼の犠牲に
最大の感謝を、と伝えて頂けませんか?」
自分たちは事故で見てしまったのに、目の前の優しい姉はそれすら無かった。
「それこそ彼に失礼なのではなくて?」
「あら、そういえばそうね
どうやらあなたも成長したみたいね」
あの時のように自分を撫でようとする手を振り落とす。
自分がここに居るのは彼女のように『自分から』という訳ではなかった。
その違いが、二人の違いをくっきりと分けていた。
「数か月もすれば後遺症もなく完治するわ」
嘘であった。
八朝曰く天然痘の痕は生涯残り続ける、という。
単なる『異世界知識』だと思っていたが
昏々と眠る千景の顔を見て確信した。
「刃お姉ちゃん、一ついい?」
「構いませんわよ」
「……これが、お姉ちゃんの言う『自由』なの?」
その問いに何の逡巡も無く首肯する。
付け加えた『代償無しに自由は得られない』という言葉が死刑宣告のようにストンと下りる。
「当たり前ですわ
部下に裏切られるぐらいに『独り』の貴方では、それが関の山ですわ」
鳴下の返しに初めて不快の表情を返す刃。
「貴方は白菜の季節を知っていますか?
酷い油汚れに蜜柑の皮が使えるのも……」
「見事に必要のないものばかりですね」
「そうですわね
貴方には必要がありませんでした、でも私は違う」
思い出すのは住処を用意した唐砂、近所の親し気に接してくれた人々。
そして戦う術と根性を学んだ第二異能部の面々。
「世界が皆の力で出来てる、なんて言いませんわ
ですけど、少なくとも何も知らない私に生きる知恵をくれたのは他でもない皆なのですわ」
表情のない刃に、強く微笑む鳴下。
どちらになりたいかと言われれば、今の葵なら愚問と切り捨てられるだろう。
「貴方が優しい事なんて葵さんですら知っておりますわ
だけど、その融和の果てが今の『篠鶴機関』なのでしたら、貴方は機関長と喧嘩する必要がありましたの」
「貴方、さっきから矛盾する言葉ばかり……」
「別におかしくはありませんわ
雨降って地固まる、なんて言葉も忘れましたの?」
そう言って姉に別れを言って踵を返す。
もうここには自分たちの必要なものは無い。
未だに時が止まり続ける姉を置いて、二人で部屋から出る。
すると1Fへの階段の裏で汗を浮かせている錫沢の姿があった。
「な、なんでもありませんわよ
別に貴方達の話を聞いてたとかそういう事じゃなくて・・・・・」
「ふーん、そういう事にしておくわ」
「な……!!」
それは葵どころか唐砂すら知らぬ砕けた鳴下の姿。
今は機関長に呼ばれた八朝達に何があったか知りたくて通りかかったのみ。
故に、錫沢の恨み節を背中で受けることになった。
「貴方、雨降って地固まるなんて言ってくれましたわね?
今も私は篠鶴に必要なのが『鳴下家』でなく私たち『錫沢家』と思っていますわ」
「へぇ」
「ですから、仲間同士でナヨナヨしている貴方に負けませんの
今に見てなさい……数十年後には地べたで許しを請う貴方の姿が……」
「別にあの言葉貴方宛ての言葉じゃなかったんだけど?」
錫沢が敢え無く撃沈した。
だが、気になった葵が口を利く。
「え、それじゃあ誰の事なの?」
「別に言うほどの事じゃありませんわ
単に私と同じくらいに『弱くて』、そして……」
言い切ろうとしたところに食事スペースから出で来る影にぶつかる。
「な、なにするんですの!?」
背丈から機関長なのだと悟る。
文句を言う暇もなく、彼の足音は治療室へと戻っていく。
嫌な予感がした……
いくら長として辣腕を振るってたとはいえ、この状況は……
食事スペースに入り、真っ先にマスターに尋ねる。
「何が起こったのですの?」
「機関長等を追い出すと決めた
まぁ、見りゃ分かる事なんだけどな……」
マスターが煙草に火を付ける。
その奥で失望顔の八朝達と、張り付けた笑顔の裏で憎悪を刻む弘治の姿があった。
続きます




