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Case 53-3

2021年2月18日 完成


 脱走計画が既に漏れ、棟梁と対峙する。

 柚月(ゆづき)だけを残して八朝(やとも)達は先を進んだ……




【6月25日(水)・深夜(0:26) 鳴下地区・鳴下山地西麓】




「俺たちしか知らない隠し通路を案内しよう」


 そう言って鍛えてくれた男、曲橋蔵馬(くせばしくらま)が林中を先導する。

 数分も歩くと目的地らしき地下へ伸びる梯子が見える。


「この先は鳴下駅の地下通路に通じている

 元々あの駅は我々曲橋(くせばし)の土地であり、有事の為に残しておいたのだ」


 それは当初の計画の目的地でもある。

 ここまで来れば『食膳消し』が連絡した唐砂(からさ)と合流できる。


「じゃあ、俺はここでお別れだ」

「お父さん!?」

「追手が来ているんだろ

 お前らが下りている間一体誰が守るんだ?」


 そう言って蔵馬(くらま)が娘の抗議を却下する。

 だが、確かに彼がここで守ってくれないと脱出は難しい。


「どうしてここまでして下さるんですか?」


 鳴下(なりもと)からの質問に蔵馬(くらま)が困惑する。


唐砂(からさ)に……って理由は違うだろうな

 実はついさっき決めた事なんだよ」


「君からお姉さんと同じ気配がした

 そりゃそうだろうな、君はお姉さんと同じく分け隔てなく皆を愛したのだから」


 鳴下(なりした)は抗議の視線のまま言葉に詰まる。

 ついさっき傷つけた娘の手前で(あね)と同じと言われるのは受け入れ難い。


「ま、それだけ仲間がいるって事がその証左だったな」


 そうして蔵馬(くらま)が泣いている娘と抱き合う。

 何かを言っているが、聞こうとするのは流石に無粋なのだろう。


 そうして娘と別れを終えて、追手と対峙する。


「安心しな

 これでも俺は分家でありながら竜が見える、そう簡単には死なんさ」


 そんな彼の強がりに礼をして、一人ずつ梯子を下る。

 最後の八朝(やとも)が降りきった所で上から剣戟音が聞こえ始めた。




 通路はそれほど長くなく、直ぐに出口に辿り着く。


「お待ちしておりました、お嬢様」

唐砂(からさ)……」

「今は逃げるが先です

 さぁ、車にお乗りください」


 どこで調達したのか、マイクロバスに全員乗せて発進する。

 目指すのは太陽喫茶……即ち、今の篠鶴機関に唯一残る医療部門の拠点である。


 高速で流れる車窓の風景に安心して各々が話題を咲かせる。


「ところで八朝(やとも)殿、和解は済みましたか?」

「お陰様で

 和解という感じでもなかったが」

「それは最初から知っておりました

 ついでに、棟梁殿も想定よりも早いと感心しておりました」


 棟梁という言葉で苦々しい感情を思い出す。

 やはり彼女は……そんな気持ちを唐砂(からさ)は察知していた。


「棟梁殿は最初から頑固でありまして

 貴方達の事も本当に『滅んだ後』で鍛錬するつもりでありました」


 それも何となく察していた。

 言葉の端々で出て来るであろう嘲笑の気配が見つからない。


 だとすれば、あの言葉たちは本当に叱責だったのではと振り返られる。


「私から(やいば)お嬢様を取り上げた時も同様でした」


 唐砂(からさ)曰く、鳴下(なりもと)の姉である(やいば)も聡明で心優しい少女であった。

 それ故に棟梁と度々対立し、そんな隙が権力を狙う家の人々の餌食となってしまった。


「今や行方は(よう)と知れず

 私もあの時は自らの無力さを恥じ入りました」


 その姿は痛々しい程に弱り切っていた。

 但し、直後の『ですが』にていつも通りの慇懃無礼な調子に戻る。


「お嬢様の危機あるところ私あり

 ……たかが半年程度絆を深めただけの若造には負けんよ」


 それは初めて見せる唐砂(からさ)の本性なのかもしれない。

 敬愛と嫉妬、若い時は気性が荒かったのだろうか。


 続いて鳴下(なりもと)の小さい頃の話を延々と続け始めた。


「な……それは……もう!」


 鳴下(なりもと)が抗議がてら唐砂(からさ)の席を揺らす。

 極めて危険な行為であるが、次の瞬間空気が凍り付いた。


「知らんだろう小僧?

 お嬢様の〇〇〇は■■■の上から2段目に……」


 余りにも酷い個人情報の暴露にエリスすら凍り付く。

 だけでなく、どこから拾ったのかこの話も延々と続き始める。


 車内から一切話し声が聞こえなくなったところに鳴下(なりもと)から声が掛かる。


「何でしょう、お嬢様」


 その笑顔をもう信じられない。

 鳴下(なりもと)もあからさまに感情を殺して死刑宣告を言い放つ。


「還り次第部屋を分けましょう

 貴方は104号室です、それでも職務を怠らぬようお願い致します」


 あのアパートには104号室は存在しない。

 エリス曰く、500m離れた同オーナーの別アパートの事であるらしい。


「承知……しました」


 彼の返事が妙に痛々しかった。

続きます

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