Case 52-4
2021年2月14日 完成&誤字修正
急な鍛錬中止と、久々の会話。
どうやらこの時間帯、鳴下は部屋にいるらしく……
【6月24日(火)・朝(11:00) 鳴下地区・鳴下家本家】
地下の構造は単純で、まっすぐな通路に部屋二つと突き当りに調理室。
……まさかとは思うが、残り二人を地下の部屋に宛がったのだろうか?
それよりも気になる気配があった。
「何故ついてきた」
「私たちも真相が知りたいのですの」
柚月以外の全員がこちらに来ている。
これでは隠密行動ですらない。
「手分けして探すのも人員が必要であろう」
「それもそうだが……」
「では2人一組で」
錫沢の提案で組み分けが為される。
八朝は千早と共に奥の調理室を調べることになった。
調理室に入るなり、無言で手掛かりを物色する。
(……やけに、空気が重い
そういえばこの組み合わせは)
十死の諸力が攻め入ったあの夜
2人も犠牲者を出しながら、命からがらで助かった時と同じ。
「……一つ聞いていいか?」
「えっ?
構いませんですけど」
「あれから大丈夫だったか?」
漂う気配で察する。
無事ではない、何なら八朝以上に恐ろしい目に遭った可能性すらある。
「それを言うなら、八朝さんこそ……」
「俺は特に問題が無かった」
「そんな訳ないですっ
先程の『殺気』……あの時以上でしたよ?」
そう言われて、自分の嘘の下手糞さを恥じ入る。
確かに、鹿室と沓田を殺した『奴』を許すことはできない。
何なら、その憎悪の感情でこれまでの鍛錬に耐えた可能性すらある。
「それでも俺は大丈夫だ
『前世』のような悲劇を繰り返すわけにはいかないからな」
もしかすると、鷹狗ヶ島が無人島になった原因が自分かもしれない。
本物は地下迷宮の第三層にあるが、それもまた疑わしい。
「それよりも千早こそ、あれだけ死人を見て……」
「ッ!!」
暗がりで良く見えなかったが、致命的な間違いをしたと確信する。
「すまない、これ以上は……」
「……お姉ちゃんも死にました
私の目の前で血を吐いて……」
千早に近づいて、頭をなでる。
今この場で取りうる手段が『慰める』以外に無い八朝のミスである。
やがてすすり泣きが聞こえてくる。
「どうしたら……いいんですか?
今もあの男が憎くて、でも八朝さんは……」
「それこそ気にする必要はない
だが、俺としては千早には生きてて欲しい」
非常に身勝手な発言であるが、八朝の本心である。
『あの事件』を経験したが故に、誰も巻き込まれて欲しくない。
例え、それが彼女の感情を否定する事だとしても。
「でも……!」
何かを言おうとした千早の口を塞ぐ。
「すまん、誰かが来た」
【6月24日(火)・朝(11:20) 鳴下地区・鳴下家本家】
千早の防護をエリスに任せる。
八朝も霧を撒いて更に視界を限定する。
そして一番広い場所で待ち構える。
「お前、さっきウロチョロするなって言ったよなぁ?」
その声は先程の彼女のものであった。
だが声と気配が別々から聞こえてくる。
(流石は神楽の使い手か……)
感心する暇など無い。
死なないために撒いた霧である。
『お前は頭で見えるようになるかもしれんな』
あの男の言葉を思い出す。
相変わらず意味も意図も理解できず
あの数日間を空転させてしまった。
だが、一つだけ『似たような』技が出来るのかもしれない。
(確か、俺は鹿室にルーンキャストを教えた
直観像で輪郭を把握し、そこから神託を導き出す)
(教えたのだから、俺にもできるはずだ)
それは最早妄想に近い論理である。
だが、この2つの要素は根底で繋がっていると八朝が気づく。
そんな、頼りない直観に全てを掛ける。
(右端……!)
霧の変化を捉える。
歯車……即ち戦車の象徴、まっすぐ飛ぶ武器。
(弓矢か!)
身体を後ろに逸らす。
そこに矢が擦過してくる。
(そこか!)
八朝が矢の方向に駆け出す。
断続する物音は想定を超えた事態に慌てふためく様子なのか。
そして、朧げに見える人影を捉える。
渾身の蹴りを入れようとして2つの考えが過る。
一つは『殺気』の使い方。
千早が教えた方法で、殺気を当てる相手を限定する。
即ち相手の姿を鷹狗ヶ島に見立てて、それを握りつぶすイメージ。
『……ッ!?』
人影が声にならない悲鳴を上げて硬直する。
神楽の使い手にしては場馴れしていないのか、八朝程度の殺気に当てられる。
故に、2つ目の思考が生まれた。
(先程の矢の一撃からは、中途半端な気迫しか無かった
もしかすると相手は『本気で戦いたくない』のだろうか……?)
その逡巡が蹴りを一歩早く出させた。
故に攻撃が当たらず、人影が尻もちを付いて倒れる。
「最初から殺す気は無かっただろ、何が目的だ?」
それでも人影はだんまりを決め込む。
霧が晴れた頃には、彼女の矮躯が晒される。
その表情を見ようとして、ボウルを投げつけられる。
「……ッ!」
「こっち見んなヘンタイ!!」
理不尽であるが、話で解決できるなら従うに越したことは無い。
後ろに向き直っても殺意はおろか、恥ずかしそうに口ごもる声が聞こえる。
「……の?」
「何だ、良く聞こえんぞ」
「五月蠅い! 聞いてんの!
……外ではアンタみたいに食事を作る事でもお礼してくれる人いるの?」
何とか聞こえたが、愚問であった。
「やる奴もいる
最たる例はそこで障壁を張ってるエリスだな」
『うん、昼からはメッセージ書くつもりだよ』
この少女から敵意は感じない。
寧ろ……
「そっか……やっぱり刃お姉ちゃんの言う通りだったんだ……」
「刃って?」
「う、うるさいうるさい!
アンタなんかアッチ行って!」
そう言われたので千早と一緒に部屋から出ようとする。
「待って
その子は置いて行って、話があるの」
「どういう事だ?」
それとなく目配せをするが、千早も困惑している。
「……雅お姉ちゃんなら当主の部屋にいるわ
正確には当主の部屋として騙して貴方を呼んだあの部屋にいるの」
何となくその言葉で信じてと言わんばかりである。
事情は分からないが、そうしないと先には進ませてくれないらしい。
一応、千早も首を縦に振って応じるつもりである。
「約束は違えるなよ」
「馬鹿にしないで!
それにあと一つ忠告」
「|私は雅お姉ちゃんから『目』を教わったの
だから見えたの、アンタが島中の人間を殺しまわっている様子が」
それは即ち、『目』の力が龍脈を見るだけでない事を意味している。
そして八朝を避ける理由が『殺気』だけでないことも同様である。
「感謝する」
そう言ってエリスと共に調理室を去った。
次でCase52が終了いたします




