Case 52-1:神経毒を操る能力(Ⅴ)
2021年2月11日 完成
壁の中のルート変化の解析に成功する。
次なる屋敷内のエリアにて柚月を発見する……
【6月22日(日)・晩(21:30) 鳴下地区・鳴下家本家】
「柚月……なのか……!?」
言い切る前にドンと衝撃がやって来る。
柚月が八朝に抱きついていたのである。
困惑して引っ剥がそうとしてら、こんどは離れていった。
「大丈夫か?」
部屋の隅で丸くなっている。
どうやら暫くは大丈夫じゃないらしい。
もう時間も遅いので、部屋から出ようとする。
「帰らないで……さみしい……」
蚊の鳴くような訴えが柚月から漏れる。
取り敢えず周囲を見てみると、今まで無視していた違和感がどっと押し寄せた。
『何も……無い
ってか電気も消してどゆこと!?』
エリスが照明のスイッチを押そうとふよふよ浮こうとしたところをキャッチして止める。
万が一にでも電気がついて八朝達の居場所がばれると拙い。
エリスも納得はしてくれたが、恐らく軽蔑の視線を投げているのだろう。
「電気もつけないで何をしているんだ?」
「でんきは……最初から、付けて……ない」
その言葉で『巻き戻す前』の一幕を思い出す。
確か彼女の部屋も同じように消灯して、最低限のもの以外何も無かった。
「そりゃ、どうしてなんだ」
「だって……でんき、五月蠅いから……」
意味不明な返答であるが、心当たりがある。
『巻き戻す前』の鳴下によると彼女も神楽が使えていたらしい。
しかも、非常に特異な『目』を持っていたとも……
「成程な、見え過ぎるんだな」
「!?」
丸まっていた柚月が弾かれた様にこちらを向く。
彼女の縋るような視線が、どうも八朝には苦手らしい。
拒絶と依存を繰り返す彼女の考えていることがどうにも見えない。
「……」
「……」
お互い掛ける言葉が見つからない。
だが、意外にも柚月の方が口火を切る。
「なにか、訊きたい事……あるよね
たとえばだけど……鳴下さんの事かな?」
意外にも相手の口にしていない意図を掴む知性があるらしい。
「何か知ってるのか?」
「ごめん……そのはなしだったら私もわかんないだけ……」
俯いて謝っているが、寧ろいきなり押しかけた八朝の方が謝りたい。
だがここで謝罪の応酬になっても意味がない。
「……でも、鳴下さんがここを通るのは知ってる」
驚愕を心裡に隠して、事情を聞く。
どうやら彼女の『目』が
鳴下のパターンが毎日ここを通るのを見ていたらしい。
「どっちの方向か分かるか?」
「えっと……あっちの通路だから、ふーちゃんが抜けてきた壁から別の壁のほう」
どうやら更に先の方に鳴下がいるらしい。
それだけでも大きな収穫であった。
「ありがとう、助かった
ところで柚月は他の人を『ちゃん付け』しているが……」
ここまで言いかけてしまったと口を噤む。
案の定折角安定している柚月がまた慌て始めた。
ここにいても彼女の負担となってしまうので、いい加減退散しようとする。
「ま、待って!」
身体の倒れる音に次いで、足を掴まれる感触がする。
八朝もびっくりして、彼女が落ち着くまで取り敢えずしゃがみ込む。
「大丈夫か?」
「……その、『ちゃん』の方がかわいいから
ふーちゃんは『ふーちゃん』って呼ばれるの、嫌?」
「まだ呼ばれ慣れてはないが、別に嫌ではない
俺に気にせず、呼びやすいほうで呼んでくれ」
柚月が綻んだような笑みを見せてくれる。
何故か頭を撫でてしまったが、別に気にしていないらしい。
意味不明な状況を小一時間続けて、漸く部屋から立ち去った。
【6月23日(月)・朝(6:45) 鳴下地区・鳴下家本家】
結局のところ、更に先の壁も反閇で突破できた。
その先にも同じような風景が続いていたが
時間も押していたので方向だけ確認して自室に戻る。
『それにしても食事はおいしいよね』
「確かに、古風な家のわりに洋食・中華もあって飽きない
飾り気は無いが味が安定していてて、手馴れているようにも見える」
『ふうちゃん、いつの間にグルメリポーター気取りなの?』
「単に正直な感想だよ」
エリスに軽口を叩いて身支度を整える。
今日も伸びる気配の無い『目』の鍛錬だと思うと流石に気が重い。
「今日ぐらいは手加減してくれるかな?」
『どうかなぁ
あの人結構ストイックっぽそうだし』
頼みの綱も途絶えて、いつも通りに外に集合する。
「今日からこの子も加わるからよろしくな」
と、男から紹介を受けたのは柚月であった。
「よ、よろし……く……」
ギクシャクとした反応しか返せないまま午前の鍛錬が始まる。
予想通りであるが、柚月のレベルの高さに途中でストップが入る。
「待って、君本当に鍛錬必要か?
寧ろ俺の方が君に教えを乞いたいレベルだよ」
知らない相手から話しかけられてすっかり慌てる柚月。
間に割って入って、事情を聞くことにする。
「そんなに凄いのか?」
「凄いも何も、これだと天才レベルだよ
棟梁殿と何ら遜色が無いと言っても過言じゃない!」
その評にはさすがに驚いた。
確かにそこまでセンスがあるなら人工灯を煩わしく思うのも頷ける。
「待ちなさい」
屋根の上から瓜二つの声が聞こえる。
見上げると七殺がそこにいた。
「お久しぶりね
勿論、私の方が上手いから見惚れなさい」
地面に降り立った七殺が神楽を披露する。
隣で見ても分かるが、男の表情が険しい。
遂には持っていたペンを地面に叩きつけた。
「真似すりゃ良いもんじゃないぞこの下手糞が!
これだったら今の八朝の方が上手いわ、引っ込んでろ!」
「な……!?」
余りにも意外な酷評に七殺の眉が下がる。
やがて柚月の方を向くと、悔し涙まで浮かべてくる。
「お、覚えときなさいよ」
「待て」
逃げようとした七殺の手を男ががっしりと掴む。
「どこで覚えたのかは知らんが
お前は基礎の基礎から鍛えなおしてやる」
「そ、その必要は……」
「返事は?」
まるでしゃっくりの様な肯定の意を示して、彼女も地獄に巻き込まれる。
八朝は日々のタスクを消化しながらその様子をチラリと伺い見る。
『七殺ってあんな感じだったっけ……?』
「俺に訊かれても知らんぞ」
DappleKilnでございます
いつも読んで頂きありがとうございます
今回は……地獄仲間が増えました(+2)
日常と接触しているテーマという事もあり
あのキャラの意外な一面が次々と露になっていきます
さて、八朝君は『食膳消し』の尻尾を掴み
無事鳴下と和解できるのでしょうか?
それでは引き続きよろしくお願いいたします




