Case 05-2
2020年7月13日 Case 05より分割完了
2020年12月12日 ノベルアップ+版と内容同期
あれから半日以上経ち、朝早くから咲良に引き摺られて3人で買い物に出かけに行く。
近くの駅から1駅の篠鶴駅から北行きのバスに乗って10分強。
地盤ごと宙に浮いている空中交差点を買い取った酔狂な商社によってモールとなったらしい。
【4月23日・午前10時00分 西榑宮・空中交差点モール】
現在の状況。
12Fあるモールの中央階、休憩スペースにある長椅子の前。
下手するとランジェリーショップに連れ込まる危険性があった選択肢を切り抜け、泥のように深く座る。
「………………」
無言でこちらを射殺す視線が一つ。
(どうしてこうなった……)
最早近くの自販機で飲み物を調達する気も起きない。
本当だったらもっと楽に過ごせたはずが、依頼を受けている時よりも重い疲労を感じている。
その理由はやはり、三刀坂涼音との偶然の出会いであった。
遡る事1時間前。
モールの手前、バス停からでも見える広大な駐車場の奥に鉄道橋が刺さった巨岩が見える。
これが『イムム・コエリ』事件の余波によって生まれた怪現象、空中交差点である。
その入り口でテンションMAXとなったRATが変態機動で狂喜乱舞しながらパシャパシャと音を立てている。
「エリスちゃん、なにしてるのー?」
『写真撮ってるんだよ! あんな変なの見た事ないし記念で!』
「じゃあわたしもお願いねー」
咲良がRATを追って駆け出す。
噴水広場ではしゃぐRATに合流し、そのまま写真撮影に嬉々として巻き込まれている。
八朝の地点から見ても、大きな駐車場と奥へ向かう大通りの途中で休憩所となっている噴水広場。
その奥で何らかの仕掛けを疑うぐらいに地面から離れた中空に浮いている巨大な岩盤。
20世紀後半の名画で見かける珍しいモチーフか、世界的なテーマパークにありそうな光景で思わず感心しそうになる。
なお、RATには擬似AR機能はあっても撮影機能は無い。
即ちあの撮影はRAT自作のアプリケーションなのである。
「……ったく、遊びには本気になるんだなぁ。 本当に」
「……ぁ……ぅ」
ここで漸く柚月と一緒に放って置かれた事に気付く。
目が合うと、柚月は一瞬で街路樹の影に隠れる。
このまま離れるとはぐれる可能性がある。
八朝にとって、天ヶ井姉妹は苦手な相手であった。
全く距離感が無い咲良に、友好度がマイナスを振り切っている柚月。
あんな風に半泣きで怯えられると、八朝でも堪えるものがある。
この時ばかりはフリーダムな咲良が戻って来て欲しいと切実に願ってしまう。
「あっ!
八朝君じゃない! 奇遇だね!」
その願い空しく、柚月が知らない人とエンカウントしてしまう。
「それと……柚月ちゃんだね、よろしく!」
「よ……よろしく……」
意外にも柚月と親しいらしく、そのまま街路樹から姿を現す。
「そういえば、八朝君って女の子の友達が多いよね?」
思わず咽て呻いてしまいそうになる。
声音がどう考えても『冗談は許さん』と言わんばかりである。
どちらかと言えば俺もそれについてはどういう事だと問い詰めたい、記憶喪失前の俺に。
「な……なんでだろうな……?」
「怪しい……」
ここでメモの内容を知られるわけにもいかない……良くて精神病院送りとなってしまう。
どう転んでもDEADENDな状況に援護射撃が入る。
「お、すずっちじゃーん」
「あ、こんにちは咲良さん」
『両手に花だね、ふーちゃん』
「だねー」
「……………」
無言の圧に苦しめられる八朝。
「んー、すずっちも一緒に買い物する?」
「そうしますね、ね」
「お、おう……そうでもいいんじゃないかな」
最早記憶遡行という主目標は達成できそうにない。
両手に大量の荷物を覚悟でとぼとぼと歩く。
そして現在に至る。
幸いにも荷物持ちの出番はまだであるが、何となく心が重い。
なけなしの気力を振り絞って店で展示されている大型テレビが映し出す番組を観る。
「おい、貴様」
そんな八朝に、敵愾心が載せられた呼び声が掛けられる。
「三刀坂」
「え……あっ……」
三刀坂の手を握って家電売り場から立ち去る。
咲良達には申し訳ないが、ここの人間には絶対に絡まれてはいけない、その気持ちが足を動かせる。
ここが篠鶴市唯一の巨大商業施設とはいえ、立地場所が異能力者にとっては最悪であった。
榑宮。
メモ帳によると高級住宅街を擁する地域として知られ、現篠鶴市政に反対する者が際立って多く在住している危険地帯。
彼らに言わせれば、異能力者は『見つけ次第みんなで囲んで撲殺すべし』である。
集団リンチになる前にRATを見つけ出し、みんなで纏めて辰之中に逃げるしかない。
周囲から足音だけでなく、金属が打つかる音が聞こえてくる。
間も無く騒ぎを聞きつけた榑宮町民が押し寄せてくるだろう。
「貴様、亡霊の八朝風太だな!」
あの売り場から八朝を見据えてそう叫ぶ。最悪である。
後ろを振り向くと悪鬼の表情をした十数名の客に睨まれている。
手に持っているものは椅子、柵、一升瓶、鉈、電動ドリル、蛍光灯、トンカチ。
(どうして俺の名前が……!?)
群衆の明らかに違和感のある行動に思考が行く前に異変が起きる。
八朝達を殺そうと目をギラつかせる暴徒達の奥から突如悲鳴が上がる。
振り向いて応戦しようとする暴徒達が、唐突にえづき、或いは嘔吐しながら卒倒する。
次々と倒れていく人で、周囲の惨状が露わになっていく。
辺りは血で汚され、だが倒れている人に一切の外傷が見当たらない。
証拠に衣服の破けが一つも見当たらない。
奥から真っ黒な刀を持った男がこちらに近づいていく。
このモールに刀を売る場所はなく、男の周囲に一切の荷物が無い事からこの刀が依代であると予想がつく。
続きます




