Case 51-3
2021年2月8日 完成
棟梁から『孫との和解』を課題として与えられる。
それから数日が経過したが……
【6月20日(金)・昼(13:00) 鳴下地区・鳴下家本家】
『ふうちゃん、どうする?
もう4日も経ったんだけど』
鍛錬の合間の昼休憩。
昼食も腹の中に詰め込み
休む余裕が生まれたタイミングでエリスから話しかけられる。
「そう言ってもな……あいつらと会話が成立する未来が見えない」
八朝が天井を仰ぎながら呆然と呟く。
会話が成立するかどうかよりもまず運動量である。
代表例として……
・遅刻1分につき腕立て伏せ100回追加
・午前9時までに80km走れなかったらもう80km追加
・残り時間は只管座禅
・勿論、これらは異能力封印手錠を装着した状態で行う
苦痛に強い八朝が音を上げるほどのメニューであった。
5時間もの間鍛錬で拘束されていては会話すらもままならない。
『でも話が出来ないとどうしようもないよね』
「そうだな……」
因みに初日は妖精魔術で楽しようとしたが
ものの一瞬で見破られ、メニューが更に2倍になった事を付記しておく。
「まぁ、でもあそこよりは幾分かマシだ」
『ふうちゃん……』
今でも思い出すのは訓練と称した単なる拷問の日々。
殴り殴られ、それ以外考えるのが煩わしい程に追い詰められた。
それに比べれば、視界外で勝手に休憩できるこっちの方がマシである。
「だったら
どこかで慣れるだろ、大丈夫だ」
『でも……』
全て言わなくてもエリスの苦言は理解した。
もう既に4日も経っているのに1音ですら交わしたことが無い。
この調子では永遠に先に進まないのも事実である。
「そういや食べ終わった御膳が勝手に消えるよな」
『あ……確かに』
ふとテーブルを見ると綺麗に拭き取られて、輝く程に磨かれている。
念のためにテーブル裏を調べてみたが魔法円のような痕跡も見当たらない。
棟梁の鳴下神楽の一つなのかと疑ったが、アレで消えるのは魔力で汚れではない。
「誰かが……いるのか……?」
『え、そんな事ないでしょー』
エリスが冗談を笑ってみせるが、数秒も持たなかった。
事前記録を探っているとそれらしき証拠が見つかったからである。
「どうしたエリス、突然黙って……」
『ふうちゃん
これ見て、本当に誰かがいる』
エリスの映像の中で1コマだけ現れた人影が
2人分の御膳を消し飛ばしていた……
【6月20日(金)・昼(15:00) 鳴下地区・鳴下家本家】
「ペースが落ちてるぞ
その調子では昨日と同じようにやり直しだ」
鳴下の男がそう声を張り上げて急かす。
だが、現在までに90%も消化しておりどう考えてもやり直しになる要素は無い。
(ふうちゃん、何かおかしくない?)
(まぁ、こんな短期間で体力って上がるものなのかって感じだな)
(そうじゃなくて、言動言動)
エリスの言った通り確かにこの男は嘘を吐いている。
まるで指摘しろと言わんばかりの物言いにも聞こえる。
(どうする?)
(そりゃあ、こうするしかない)
「そうは言うがもうあと10周ぐらいで終わるぞ?」
「九百里を千里の半ばとせよ
という事で、お前に注意してるだけなんだがな」
「詭弁じゃねーか」
正確には格言なのだが、八つ当たりとして吐き捨てる。
本来ならこの程度の戯言は無視されるのだが、今日に限って違っていた。
「雅様のお言葉を詭弁とはな」
久々に聞いた人の名前仰天して足を止める。
息は少々荒いが、疲れが押し寄せるほどではない。
「そりゃ悪かったよ」
「ああ、どんどん反省したまえ
雅様も毎日こうして走り込んでいるからな」
唐突な重要情報に八朝が食って掛かる。
「おい、それはどういう……」
「足止めてんじゃねーぞ
本当にやり直しになっちまうぞ!?」
その男の言は果たして真実となった。
0→100でパワーを引き出すのがこんなにも大変なのかと実感した。
【6月20日(金)・晩(19:00) 鳴下地区・鳴下家本家】
本日の鍛錬から解放され、これ以降は自由時間である。
だがこれも罠で、何故か他の人とは永遠に会えないのである。
『やっぱり誰もいなかったね……』
「そう易々とは課題を達成させねぇ棟梁殿の魂胆なのだろうな」
同じ景色に、同じ人の様子。
何かが引っかかっているが今一思い浮かべられない。
(疲れ目に考え事は不味いな)
部屋に戻ると既に晩ご飯は用意されていた。
何故か毎日毎日旅館ばりに豪華な品目で、全て平らげるのに一苦労する。
やっと食べきったころには机に突っ伏していた。
『ふうちゃん、今日もお疲れ様!』
「ああ、お疲れさん」
片手だけひらひらさせて反応する。
やがて机にコトリと衝撃が走る。
「エリス、もういいのか?」
『うん
折角の気付きだもん……わたしも頑張らなくちゃ』
何となくそれが新しい妖精魔術の開発だと悟る。
有難いとは思うが、それすらも時間が惜しい。
(今日は久々に事が動いた
男の発言に御膳を消す人影……)
ふと顔を上げるとやはり御膳が消滅していた。
机の磨きも突っ伏した八朝を避けて、独特の跡が発生していた。
『ちょ……!?
いきなり持ち上げてどうしたの!?』
確認すると、拭いていない跡が四角い。
この瞬間に机が綺麗になるマジックが人為的なものと気付く。
『あ……これって』
「間違いなく誰かがいる
是非とも捕まえて話が聞きたいところだな」
宙に浮いたエリスの画面と拳をコツンと合わせる。
先は遠いが、必ずゴールがあるという事実に
エリスと共に喜びを分かち合った。
続きます




