Case 50-5
2021年2月5日 完成
アトラスの塔の先には辰之中と瓜二つな大空洞があった。
その前に立ち塞がった老婆こそ、鳴下家を纏める当主であった……
【6月15日(月)・早朝(5:35) 篠鶴地下遺跡群深層・祈りの地】
「八朝風太、鳴下雅、掌藤千早
鳴下家当主の名の下、お前達を粛清する」
鳴下家現当主、鳴下文が宣言する。
だが内容は濡れ衣であった。
「待て!
安寧を崩したって一体何の事だ!?」
「言い訳は聞かぬ」
現当主が弦を鳴らす。
たったそれだけで、遠くの巨大構造物が音を立てて崩壊した。
衝撃が体勢を狂わせ、砂煙が現当主の姿をかき消す。
どうやら話し合いの余地はないらしい。
勝利条件は先程と変わらず、太陽の顕現。
(だが誰かが崩れればそれで終わりだ……ならば!)
砂塵の中でエリスと無言で示し合わせて動く。
『■■!』
枠:2→1
手始めに相手の調子を狂わせようと幻惑を放つ。
だが、弦打ちの衝撃が本物の方へ擦過する。
「殺意がダダ漏れじゃぞ?」
現当主の指摘に八朝が動揺する。
ほぼ昔と同様のテンションなのに、と手元が狂いそうになる。
「障壁に初速度変更を掛けたか
聞きしに勝る小手先であるが、相手が悪かったようじゃな」
『うそ……』
既に千早の下に辿り着いたエリスが呻く。
後ろで詠唱を進めているが、まるで勝機が見えないようで不安になる。
(鳴下……頼むもう一度!)
(駄目……ですわ……)
(俺が怖いのは分かってる
でも、この一度だけ耐えて……)
「違いますわ!!
私達じゃ、おばあさまには勝てない……!」
鳴下の叫びに、どうしようもできなくなる。
だが、現当主から予想外の反応が返る。
「雅!!
暫く離れている内に腑抜けおって……それでもわしの孫か!!!」
「な……でも……」
「でもも何もあるものか!!
今のお前はこの中で最も相応しくない」
あの空気の震えを感じる。
残り一枠を灯杖に切り替え、神経毒の感覚で振るう。
だが灯杖は粉々に砕け、全身の骨が砕けるほどの衝撃が襲う。
「八朝さん!!」
叫び声が傷に響く。
それでも立ち上がる。
「おばあさん……
俺はどう言っても構わない、だが!」
「外ならぬ孫の努力を否定してんじゃねぇ!!」
幻惑のヴェールを捨てて、現当主に突撃する。
途中、致命的な空気の震えを感じる度に感覚を研ぎ澄ませていく。
(もっと……あの感覚を!
アイツがやっていた癖すらも……ッ!)
1回目は直撃、2回目は擦過。
3回目以降にして回避を成立させる。
その視界の中で攻撃と現当主に特殊な色が付いているのが見え始める。
(これなら……ッ!)
灯杖を出し、地面より沸き上がる抵抗力を全身に伝える。
骨格の違いのせいで全身に激痛が走るが、関係は無い。
『六に曳き 月読』
「なに……それは……!?」
8回目、灯杖が攻撃を明後日の方向に弾き飛ばす。
そして現当主の懐に追いつく。
『八の日霊 堕つ!』
灯杖の一撃は、一瞬だけ届かない。
だが防御に現当主も矢を用いた事で『音』が成立した。
即ち烏落としによる魔力抹消。
龍脈に至るそれまで弾き飛ばし、揺り返しが二人を粉砕しようとする。
「馬鹿者が!
それが殺意が無駄だと言っておろうが!!」
現当主の喝の一声。
たったそれだけで荒れ狂う魔力の波が凪いだ。
「な……!?」
「筋は良い
よくぞそこまで極めた……じゃが」
「それでは彼奴の証明にはならぬ、頭を冷やすがよい」
続く9回目で八朝を完全に無力化する。
晴れた土煙の向こうに天を衝く巨人と、炎の雨が見える。
「無駄じゃよ」
たった一発の柏手。
一番遠くの千早の鼓膜を狂わせる大音響が響き渡る。
『昼を奉り、天を固めよ
即ち、竜の祟りは此処に来る』
『妖魔天象・旱』
突如現れた日本晴れが巨人も雨も星月夜も消し飛ばす。
即ちこれが現当主の地位を不動のものにした絶技。
彼女を三貌の番外である『覆』と称えられる
絶対魔力消去の天蓋が、中天の空で煌々と輝く。
依代を維持する魔力まで消され、罰則で全員が昏倒する。
終わりが見えぬ朦朧の中で八朝が確かにその言葉を聞く。
「お前ら
全員を屋敷に運べ」
これにてCase50、『怒りの鉢の第五』の回を終了いたします
作品内の(人間側)二強である『第五席』と『現当主』
まぁ、やることなす事がスケール大きすぎて最早何が何やら……
あの後どうなるかは次話の最新話までお待ちください
因みにこの話で全体の1/3がようやく終了しました
長かった……でも先はまだ長い()
次回は『鳴下一族』
引き続き楽しんで頂けたら幸いです




