Case 48-4
2021年1月25日 完成
遠くで幾つかの足音が聞こえる。
八朝は校舎に身を隠しながら逃げ続ける……
【6月15日(月)・夜(2:13) 篠鶴学園・某所】
「……」
足音がちゃんと遠くなっていく。
その数も最初に聞いたものと一致する。
壁にもたれて小さく溜息を吐く。
(流石に病院送りはやり過ぎたか)
昨日の昼は大騒動となった。
平素(数日前)から素行が悪いと言われていた八朝が
ついに教官の〇〇〇〇を叩き潰し、病院送りにしてしまった。
出頭してもどうせ拷問で敵が増えるだけなので、こうして現在も逃げている。
(……学園を下部組織呼ばわりとはな)
現在篠鶴機関は十死の諸力と全面抗争している。
この厳戒体制下で学園の昨日が篠鶴機関に吸収された。
その結果生まれた地獄がこれである。
(まぁ、殺せば暴力は止まるしな)
さらりと最悪な思考を垂れ流す。
あの日から彼を支配している思考が存在していた。
『殺すか殺さないか』
(……)
本当にこれでいいのだろうか?
確かに目の前の脅威を抹殺した方が現実的である。
だが、根本的な解決にはなっていない。
「あれ、八朝さん?」
思わず構えを取る。
声のする方向には『懐かしい』人影があった。
「……市新野か」
「聞きましたよ八朝君
あの教官の男性を終了させたって」
「……その方が言う事を聞いてくれそうだったからな」
市新野が感心そうな溜息を吐いて隣に座る。
それでも待針をしまう事は無かった。
「お前の所もなのか?」
「うーん……僕のところは比較的温和な人だからね」
「温和な人か」
余りにも酷い有様で、生徒全体の士気も底をついていた。
そんな彼らの中で『温和な教官』とは『精神的に追い詰める奴』という意味であった。
「で、何の用だ?
通報をするってなら容赦はしないが」
「とんでもない! 寧ろ逆だよ逆!」
「八朝君に『逃亡軍同盟』の旗頭になってもらいたくてね」
初見の言葉であるが、何がしたいか明瞭であった。
だが今の八朝には、その意味が余り掴めなかった。
「……逃げなくても皆殺しにすれば解決するだろ?」
「あぁ……それだよそれ!
……じゃなくて、それが出来るのは八朝君だけだし」
「僕たちに出来るのは『篠鶴市脱出』だけなのさ」
聞けば市新野は『逃亡軍同盟』のリーダーをやっているらしい。
だが、迫力に欠けるのか今一士気が上がらないらしい。
「そのオーラ……
多分、今の彼らを纏められるのは八朝君しか居ないと思うんだ、だから……」
「有難い話だか断る」
但し肉壁ぐらいはしてやる」
何となくだが、八朝は自身の欠損を察してしまっている。
今の自分では『全員を生かす』でなく『敵を絶滅させる』しか頭にない。
これでは犠牲者が増えるのみで、リーダーとしてはあってはならない素養である。
「いや……折角の友達を肉壁にするのはちょっと……」
「だがそれぐらいしかできない気がするんだ」
「うーん……それだと本当にヒラしか無いけど?」
「それぐらいなら何とか」
だが市新野が渋い顔をする。
このまま諦めて去ってくれた方が気が楽でいいのだが
どうやら表情からしてそう思っていないらしい。
「取り敢えずウチにおいでよ
いつでも気が変わったら僕に言ってくれてもいいから」
「助かる
だがこの状況、どうひっくり返せるんだ?」
周囲には絶えず見回りの兵がうろつき。
学園の出口である3つの橋には関所と見張り台。
これでは篠鶴市どころか学園脱出すら難しい。
「それを今から見せてあげますよ」
市新野が懐から端末を取り出すと辰之中を展開する。
だが、普通の辰之中の学園とは違った様相を為していた。
「地下の階段が多いな」
「八朝君の攻略に応じて増えたんですよ
いやぁ、軍の皆さんが辰之中に無頓着で本当に良かったですよ」
その道すがら方法と目下の問題点を話す。
この地下迷宮は『ある地点』を通じて篠鶴市の外側と繋がっている。
そしてその最後の主と対決するには今の戦力では足りない。
という事で現在の目標は一つ。
『掌藤千早の奪還』
「もう気付いていると思うけど
八朝君の顔見知りも一杯いるからね」
そして地下迷宮の元『第五層大広間』に辿り着く。
『ふうちゃん!!』
「……生きてたか、よかった」
エリスのタックルを受けるのは本当に久々であった。
だが、これだけしかなかった。
「……」
怯える顔。
「…………」
あの牢屋で見た奴。
「……お前、本当に八朝だよな?」
「どこからどう見てもそうなのだが?」
そして沓田を始めとした
疑う視線の数々が八朝を突き刺していった。
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