Case 04-4
2020年7月13日 Case 04より分割完了
2020年12月12日 ノベルアップ+版と内容同期
神出来の時とは別固体の謎の人型化物から襲撃された。
これ以上辰之中に潜るのは危険と判断した八朝は、大人しく家に帰ることにした。
【同日17時30分 太陽喫茶・飲食スペース】
玄関を開けると、石畳の道より何段か上のテラス区画となっている。
太陽喫茶の名前の由来である屋外飲食スペースである。
周囲の建物にはある筈の前庭がそのまま全てテラスになっている。
ピーク時の正午付近に比べて客数は非常に少なく、疎らにしかいない。
カウンター席に座り、ある人が来るのを待ちわびる。
「よう、珍しいな。
ここは玄関じゃないぜ」
「客としてきたんだからいいだろ」
『あっ、マスター! フルーツタルト1つ!』
「あいよ」
やけにエプロンが似合う中年男性が八朝達の対応をしている。
彼が八朝の言う所のマスターであり、彼の保護者代理をしているのである。
注文の確認の為に打たれた相槌から、一つのマグカップが出てきてテーブルに置かれる。
中を覗くと珈琲にしては色が薄すぎるらしく、八朝は一瞬だけ怪訝な表情をする。
「そういえば娘さんたちは?」
「ああ、あいつらなら学校に用事だ。
柚月の方は珍しく補習を受けている」
「いつもの左右逆回答だろうな」
「違いねぇ」
話題に出た柚月とはマスターの娘の一人で、咲良の妹に当たる人物である。
普段から人影や物陰に隠れる程の人見知りであり、先程の『右から横書き』に代表されるように古臭い癖がついている。
この時間の咲良と柚月はマスターの手伝いで給仕や調理を担当している筈であった。
「お前さんも最近帰るのが遅くなってんなぁ……」
その言葉にギョッとする八朝。
気づかれないように何気ない仕草で隠そうとするが、マスター特有の鋭い視線が離れない。
「お前さんもようやくマトモな学校生活をしてくれてんだな」
「……そういうところだ」
「なら安心だ。
第二異能部に入り直した訳でもないようだしな」
残念ながら既にバレていた。
マスターは常日頃から娘たちや八朝が危険な目に遭う事の一切を禁止している。
無論、第二異能部は平穏の対極にいるようなものである。
「……異能力者に関わらないとマトモに記憶が戻ってくれないんだ」
「それはもう聞いた話だ」
取り付く島もなかった。
日常生活でも記憶は戻るだろうと信じているマスターは、それも選ばず態々危地に身を置こうとする八朝を試している。
だが、メモの内容や使命、ましてや生活費を工面する為だと言ってもこのように一蹴されてきた八朝にこれ以上答えられるものが無かった。
「俺はお前らに怪我して欲しくないだけだ」
「……だが」
「まぁ、話を聞け。
怪我して欲しく無いだけで、何も平穏に暮らせとは言っていない」
それは初耳であった。
「お前はバカ正直が過ぎる。
偶には今日の柚月のように俺を騙して安心させてみせろ」
「……」
「ま、今のお前で何かやりたい事があるのが見えたしな、それでチャラにしてやるよ」
どうやらマスターは八朝を試していたらしく、満足そうにカウンターへと戻っていく。
苦いくもないコーヒーを一口含むと、後ろから聞き覚えのある声が聞こえてくる。
「お、今日は珍しいねふうちゃん」
「偶にはコーヒーも飲みたくなるしな」
「ふーん」
マグカップの中身を見た咲良が意味深な笑みを浮かべる。
咲良と一緒に帰って来たであろう柚月が咲良の陰に隠れてこちらを覗き見ている。
「馬鹿野郎、店側は出入口じゃねーと何度言ったら分かるんだ。 さっさと玄関から入れ」
「こっちからのほうが部屋にちかい……ぶぅ」
「……豚は入店禁止だ、お帰りはあちらだ」
「おとうさん、ひどい」
冷めた目でマスターを睨んでいるがいまいち凄味が無い。
相対するマスターも声質が柔らかいせいで何かのコントにしか見えない。
そんなシュールな場面が過ぎ去り、ようやくタルトが届けられる。
美味しそうに見えるが、八朝の分は無い。この文を読んでいる内に消滅したからである。
「いつ見ても面妖な食いっぷりだなぁ」
『え……? すっっっごふおいひいよ、マスターはん!』
「そうかそうか、そいつは安心だ」
明らかに食べながら話をしているRATの様子を見てマスターはいつもと変わらぬ表情を浮かべている。
給仕を終えた筈のマスターはその場から動く事は無く、そのまま新聞を開いてカウンター奥の椅子に座り込む。
「ねーねー、そういう事ならさ……
明後日、買い物に行こうよ。ゆーちゃんも連れて」
何がそういう事なのか意味不明だが、今はそれどころでは無い。
明らかにマスターの視線が不穏なものに変わっていっているのである。
「いや、疲れているし……」
『あたしの浮遊魔術で運んであげるねー』
「おー、ないすあいであ、だね」
「ちょ……!」
もろくも崩れ去る。
こんな時だけ気が利くRATは、どう考えても揶揄う事しか頭に無いようである。
「それともお前さんは俺の可愛い娘でも満足しないのか? ん?」
「い、いや……別にNOとは言ってない……」
「お、それじゃあ明日10時ね! 忘れないでねー」
早とちりで明日の予定が決められてしまう。咲良は珍しくスキップしながら玄関へと戻っていく。
その陰に隠れている柚月から伝わる緊張感が和らいだような気がした。
多分疲れてそう見間違えただけなのであろう。
「マスター……カウンター奥から入らせてくれ」
「今回は特別だ」
マスターは渋々カウンターの通路を使わせてくれる。
通行料代わりの代金を手渡して、そのままそそくさと自室へと戻っていく。
「全く……そういう所だから学校に行けっていうもんだ」
マスターの助言は誰にも届かず、届けるつもりもなく虚空に呟く。
空になったカップを洗い、新聞を読みながら次の客を待ち続けるのであった。
続きます




