Case 45-2-2
2021年1月7日 完成
妖魔の選択に『はい』と答える八朝。
一切信用することはできないが、彼女の表情が『ある人物』と似ていた……
【5月30日16時11分 地下迷宮・第三層広間】
「ああ、七含人とやらになってやるよ」
『ふうちゃん!?』
それはあり得ない選択肢であった。
今会ったばかりの、しかも敵対する相手からの贈り物を無警戒に受け取ることに等しい。
だが、それを持ちかけた瞬間の妖魔の表情に見覚えがあった。
(……創造神みたいな奴だな)
それは篠鶴市の地下の奥深く、騙した芋虫達で遊ぶ無邪気な少年。
無邪気に人を欺く真正のサイコパスとあの表情がダブったのである。
「……もう一度確認しますが、それがどういう事か分かってますの?」
「錫沢英丸はもういない
であれば、単なる寄り集まりだろう……心配する必要は無い」
その返答に鳴下が頭を抱える。
対して、妖魔が過剰すぎる程に笑い声をあげる。
「一体何がおかしいんだ?」
『何が、と言われれば全てだ愚か者よ……しかし、これにて貴様らは生き永らえた』
妖魔が手を翳すと、それだけで七含人の継承が完了した。
だが次の瞬間、鳴下が叫び声をあげて頭を抱える。
「鳴下!? 一体何が……」
「そ、そんな……
何で私こんなことを忘れていたなんて……!?」
主語は無いが、何が起きたのかは更なるエリスの嗚咽で判明した。
次々と『巻き戻す前』の記憶を取り戻し始めている。
鳴下の介抱を三刀坂に任せて再び妖魔と対峙する。
『成程、やはり貴様が起点であったか』
「何を言っている」
『最早死ぬ気様に知る必要は無い』
ここでようやく妖魔が攻撃を開始する。
霧は凝縮して霊魂の如き姿となり、壁や柱……立ち塞がる障害物を貪食しながら此方に迫る。
『勅令を為し、この身に勝利を!』
八朝は相手の攻撃行動を傷害罪と定義し、慈愛の柱を発動させる。
超過身体強化とも言うべき薬効によって霊魂の攻撃を何度も躱す。
それでも柚月の通常の速度に並ぶぐらいでしかない。
『方違・天乙会合』
再び霧の如き微塵切りが発動する。
先程の沸き上がる霧とは異なり有限の形を取る霊魂型では相殺しきれない。
八朝に気を取られている隙に消滅せしめる。
「柚月! 助かった!!」
「!?」
柚月が一瞬顔を緩めた気がする。
だが、妖魔から放たれた更に強い威圧が八朝達を呪縛する。
『一つと思ってたか?』
先程の霊魂が今度は1,2……行く手を全て塞ぐほどに膨大な数で現れる。
それらが先読みできない軌道で八朝達に迫る。
「エリ……!?」
一瞬呼ぼうとして、彼女が今戦闘不能である事に気付いてしまう。
その隙に霊魂たちの群れが八朝達の身体を虫食いにしようとして……
目の前の不可視の壁に阻まれる。
どころか、霊魂を通して霧が凍り付き、妖魔が逃れようとバックステップする。
「何が……」
「よう、久々だな八朝」
「飯綱さん!?」
飯綱が『お前いつの間に丁寧語覚えたんだな』と茶化しながら挨拶する。
片滋飯綱。
ある時は八朝の兄貴分で、またある時は篠鶴機関の幹部である『後門』、そして全てを凍て付かせる青蓮の妖魔。
そしてヘイトが彼に集中したのか、今まで纏わりついていた嫌な予感がスッと消え失せる。
「貴様……妖魔の裏切者が……!」
「誰が裏切者だってか?
お望み通り情報はくれてやったのに薄情な奴だな」
飯綱が両手を広げてとぼける。
再び大量の霊魂をけしかけられたが、悉くを凍らせて無力化する。
更に数個投げられた淡青の……固体空気のナイフが爆発して洞窟中に烈風が引き起こされる。
「我等は不干渉と取り決めた筈だ」
「だったら記憶を戻したのが不味かったな
俺はコイツに色々とまだ返しきれない貸しがあるんだよな」
飯綱に頭をポンと置かれる。
振り払おうとしたが、既に彼の手はそこには無かった。
「ま、つーわけで俺が引きつけている間に皆で地上まで逃げな」
「だが……」
「残念だが、今のお前らじゃ足手まといだ
もう少し鍛えて出直してきな……お前、そういうの得意だろ?」
どうやら何を言っても首を横に振るだろう。
八朝達は動けない二人を抱えて地上まで逃げる。
「部長……里塚さん……どうして、ですの?」
その道中で鳴下が呟いた言葉が忘れられなかった。
続きます




