Case 04-3
2020年12月12日 ノベルアップ+版と内容同期により追加
【同日同時刻付近 場所移動なし】
「しつこい化物ですね!」
鹿室が流れるような手さばきで魔法剣に石を三つ嵌めこむ。
3乗に強化された炎が、空間を裂かんとする程の熱量を放出する。
『■■!』
『Immofa be baqrqdj / Sptrhe jw dhnomu / Ocufuvdm ai jmthjqax』
八朝の反応が遅れたせいでエリスの詠唱が間に合わない。
殺到する微塵切りの烈風が足元の万物を粉々に粉砕しながらこちらに迫る。
『Roonjmd!』
鹿室の固有名の猛りと放たれた一閃が猛烈な光を呼び込む。
光が収まって目を開けると衝突地点で魔の風が防がれた代わりに、内側が真っ黒焦げとなっていた。
力を失った石が剣から零れ落ちる。
『Hpnaswbit!』
鹿室のお陰で無傷のまま障壁魔術が展開できた。
エリスが続いて叫ぶ。
『ふーちゃんたちは大丈夫だから思いっきりやっちゃって!』
「ありがとうございます、エリスさん!」
鹿室が石を装着し直し、今度はカマイタチに対して接近戦を挑む。
飛び交う刃に、多彩な自然現象の猛り。
圧倒的にリーチ不足の鹿室が、何故かカマイタチを押していた。
『……』
にやり、と嫌な予感がカマイタチから漂ってくる。
ふと下を向くと、石畳の隙間の文様が普段の汚れた黒でなく、刀剣が持つ銀色に輝いていた。
「しまっ……!?」
八朝は一歩で石畳の外に出られる距離であり、無事であった。
しかしど真ん中で戦う鹿室は人体を細切りにする斬撃の網の上昇から逃れられなかった。
だが、無傷でやり過ごしたのである。
「無駄です!
八朝さんから教えて頂いた枝字神託が貴方の全てを暴く!」
それを聞いた瞬間、八朝に記憶遡行の頭痛が襲い掛かってくる。
そうだ、思い出した!
確か彼の『直観像記憶』と『ルーン文字の知識』を組み合わせを提案したことがある。
それが彼を最強に押し上げる2つ目の武器、『枝字神託』である。
風景に無数に存在する輪郭からルーン文字を見出し、その予兆を読み取ることで攻撃を回避する。
まさに『魔王』の如き超威力の範囲攻撃&絶対回避である。
一進一退の攻防が繰り広げられる。
徐々にカマイタチが追い詰められているのにも関わらず、余裕そうな気配が漂っている。
(どういう事だ?
この距離で敵の表情が分かる……何故こちらを見ている!?)
それに気づいた時には既に遅かった。
目の前の瓦礫の文様が、あの時と同じく銀色に輝いている。
『ふうちゃん!!』
「……ッ!」
身を屈めても無駄であった。
恐らくは頭蓋骨を輪切りにする鋭い斬撃に、走馬灯さえ見えた気がする。
『V?z9j[!』
ハウリングされ、致命的に音割れした詠唱が響く。
そして目の前の斬撃が凍り付いたように動かない……いや、実際に凍っている。
「市新野か!?」
「間に合ってよかったですー」
点滴台を持った少年が凍った立方体の上で能天気に手を振っている。
彼は市新野悠真……これでも八朝のクラスメイトであり、駄弁り友達の一人である。
『相変わらず恐ろしい電子魔術だね』
「いやー……照れちゃいますね」
先程の電子魔術は八朝達がいつも使用する初速度変更電子魔術である。
違いは、彼の持つ『顕微眼』によって領域内に存在する全ての粒一つ一つに電子魔術を掛けているのである。
その結果、全ての熱を奪われた空気が立方体状に凍り付いた。
必要詠唱数が天文学的数字である為、その回数分共振された詠唱が酷い音割れを起こすのである。
『端末二つ持ち』という蔑称にめげない彼らしい電子魔術である。
「それはそうと、何があったんですか」
氷から降りて来た市新野に事情を説明する。
徐々に顔色が真っ青になっていく。
「ち……知能を持った化物ですか!?」
「驚く事なのか?」
「何言ってんですか!?
8つ目級以外で大被害を引き起こす化物の悉くが知能有だと昨日の授業で……!」
「すまん、多分休んでた」
記憶にないので、恐らくはそうなのだろう。
「急ぎますよ!」
八朝は半ば市新野に引っ張られる形で鹿室の元に走る。
依然とギリギリのところでカマイタチが踏ん張っているが、油断一つできない。
「鹿室さん! 加勢に来ました!」
「助かります!」
鹿室が風雨の籠った一閃でカマイタチを吹き飛ばす。
軽やかに着地したカマイタチであるが、様子がおかしい。
あれから数秒経つが、一切攻撃を仕掛けてこない。
「一体何が……
あっ! 逃げられました!」
カマイタチが一転して脱兎のごとく逃げ去っていく。
それと共に八朝達を閉じ込めていた沈降帯も消え失せ、元の静かな夜空に戻っていった。
続きます




