Case 42-2
2020年12月21日 完成
錫沢の代わりに市新野が加わり、篠鶴駅へと向かう。
だが、想定以上に事が進んでいた……
【5月25日14時33分 篠鶴地区・篠鶴駅(辰之中)】
篠鶴駅に着くなり、警察の使う停止線が張り巡らされているという異様な光景に出くわす。
周囲の人に何が起きたか聞いて回ると10分前ぐらいにこうなった以外に証言が一定しない。
『子供が行方不明に』
『地面がキラキラ光ってて綺麗だった』
『デカい影と唸り声が聞こえた』
『私の左足をどうしてくれんのよぉぉぉおおおおおお!!!』
これ以上聞き込みをしても無駄なので最後の人には篠鶴機関に連絡し、辰之中から駅に進入する。
「な……何ですかコレは!?」
駅構内をびっしりと埋め尽くす人影の群れ。
砂が大量に使われているのか冠水している筈の風景が泥で汚く埋まっている。
そして上空には三方にしか十字が存在しない四角の文様が描かれた魔法円。
「どうやら、既に召喚が完遂されてるらしい」
「そんな……!」
作戦内容のほぼ全てが瓦解した瞬間である。
展開済みであれば、残念ながらこちらの方が消耗戦に巻き込まれることになる。
「八朝さん!!
状態異常で何とかならないんですか!?」
「……ッ!」
唐突に記憶遡行の頭痛に巻き込まれる。
エピソード記憶ではなく、ある本の1ページの内容が脳裏をよぎる。
『彼は召喚者に秘密とされている事の真実を教える』
『オセの語源は定かではないが、oss(口)から来ているとすれば北欧神話のオーディンとの相関がある』
「駄目だ……奴は俺の幻惑が効かない!」
折角開かれた記憶の扉を閉められまいと、必死にページの隅々まで検分する。
どこかにある筈の逆転の一手を探し求めて視線をさまよわせる。
『オセは召喚者に王、或いは法王と錯覚させるような力も有する』
(これだ……!)
八朝は近くにいるゴーレムの姿を見る。
彼らの頭上には砂で出来た王冠が被せられている。
「……鈍足のバッドステータスを食らう覚悟は?」
「何を言っているんですか? もう覚悟はできています!!」
そう言った市新野に帽子を被せ、自分も同じものを被る。
そして意を決して無心でゴーレムの群れの中に入る。
(……)
余りにも呆気なく篠鶴駅構内に侵入することが出来た。
そして、間近でゴーレムが見れた事で、ゴーレムに刻まれた文様の謎にまで迫ることが出来た。
(八朝さん……あのゴーレムの文様……)
(ああ、あれは篠鶴機関の制服だな
ついでにどのゴーレムも例外なく服を着てやがる)
先程の証言との嫌な相関が成立してしまう。
もしも市新野の猛進を止められなかったら、今頃死者百数人の大惨事になっていたであろう。
(なんて酷い……)
皆まで言わなくても市新野の憤慨は伝わった。
一般市民を盾にして戦う谷座の姿は、言うまでもなく悪魔そのものである。
だが、一つ違和感があった。
(ここまでする必要はあったか……?
奴が恨んでいる錫沢英丸はもう死んだのに……)
本来ならここで八朝は2度目の記憶遡行の頭痛を受けていた。
だが、鈍足の苦しみでかき消され、取り戻した記憶がまるで白昼夢のように蘇る。
赤い空
灰色の雲
黒血の群れ
井戸より沸き上がる
両手には肉片
ここは鷹狗ヶ島の■■■■
既に雷は呼んだ
もう、こうするより他は……
(……ッッッ!!)
過去最悪の記憶遡行に総毛立つ。
未だに吐き気が治まらない程の強い感情の余韻ですら八朝の足を止めるのに十分であった。
(ふうちゃん!?)
(大丈夫ですか!!)
(悪い……ちょっと体調が悪くなっただけだ)
安心させようとしたが、結局市新野に物陰へと連れ込まれる。
取り敢えず落ち着くまでいったん休憩となった。
(それで、プランが大きく変わりましたけど……)
市新野の言い分は分かるが、このゴーレム達は行方不明者である。
そいつらを平気で破壊できるほど八朝の覚悟は決まっていない。
(エリス……ゴーレム達の動きは分かるか?)
(ん、やってみる)
エリスがゴーレムから零れ落ちたであろう泥に光線を当てて分析魔術を始める。
実際は魔力言語の解読ではあるが、これに関しては隣の市新野にも察知されたくはない。
(中々に器用なんですね、彼女)
(そういうものなのか?)
(僕だって電子魔術は既存のものの応用なんです
一から作成するなんて1つでも難しいのにエリスさんは障壁と分析が出来る)
確かに考えてみれば偉業でもある。
学園の授業にて、この基本属性の電子魔術は先人達の10年という試行錯誤の下で作成されたという。
更にその後数十年に渡って改良・効率化が図られ、もう新しく作成する必要が無いくらいにまで研ぎ澄まされている。
謂わば人智の結晶たる電子魔術作成を、彼女は2度も成している。
(後でどうやってるのか教えてもらいたいですね)
(まぁ、程々にな)
そしてエリスの分析が完了する。
曰く、ゴーレムの移動は不規則のように見えて必ず1点を通るような動きであったらしい。
(罠の可能性もあるな)
(それでも行くしかないでしょう!)
すっかり体調が戻った八朝の手を引き、市新野達はゴーレムの群れへと入っていった。
続きます




