Case 40-1:精霊を召喚する能力
2020年12月10日 完成
化物を倒してから様子がおかしい鳴下を家に送る事となった。
ノープランで提案したため大した話題が用意できず、最寄り駅まで無言が続いた……
【5月20日22時45分 磯始地区・某所】
空気が重い。
これほどまでに静寂が暴力的な物だと思った事は無い。
『……』
その証拠にあのエリスが閉口している。
ちょくちょく妨害の可能性を考えて何度か呼び掛けているが全て正常。
間違いなく、エリスすらも雰囲気に呑まれている証拠であった。
何度見ても鳴下は俯いたまま何も話さない。
杣根部長への報告の時も、電車移動の時も、この時点でも同様に静寂を守っている。
(まいったな……)
何度かエリスに『見切り発車止めろ』と言われているのにこの始末である。
困惑の果てに頭を掻くしかなくなったときに、突然変化が訪れる。
「貴方、何故送ろうなんて突然言いましたの?」
その目には不思議と疑いの色が一切見られない。
レアケース過ぎて対応に困る表情に八朝も正直に答えるしかなかった。
「あの化物を倒してから様子がおかしいのが気になってな」
「……それで、あの幻覚もやったのですの?」
何かに気付いたように鳴下が問うてくる。
無言で首肯すると、今度は呆れた色の溜息を吐かれる。
「貴方……見知らぬ土地でくつろげと言われましても困るだけですわ」
それは割と最初からそう思っていた。
だがそれ以外に良い方法が今でも検討が付かず、困った表情しか返せなかった。
「……でも、そのお陰で少しは落ち着きましたけど」
鳴下が呟くように言った言葉が上手く聞き取れず、反応に困る。
『なんでもないですわ』と一方的に切られて会話が終了する。
そういう訳にもいかないので、強引に話を続けさせようとする。
「まぁ、アンタは後遺症で視界が著しく低くなるからな
俺にとっての野生の熊と同じように、恐怖には敏感なんじゃないのかなと……」
但し、これに対する反応は笑いであった。
あまり気分が良くなかったので抗議しようとしたが、彼女の方が早かった。
「貴方、考え過ぎですわ
でもそのお陰だったのですね」
「何がだ?」
「貴方が私に手を差し伸べた理由が、です」
それは鳴下の後遺症が悪化したあの日の事を暗に告げていた。
もう既に鳴下の表情から過剰な翳りが消え去っていたことに気付く。
「そりゃあ、部長に頼まれているからな」
「ふーん、そうですの?」
思わせぶりな首肯を最後に、会話は必要なくなった。
その代わりに彼女の家と、その前に立ちふさがっている人影が出迎える。
「貴方、もう何時だと思ってますの!?」
「それは最初にお伝えしました筈ですが?」
口調が似すぎていてどっちがどっちだか分からなくなる。
「錫沢……なのか……?」
「あれ?
八朝さんも何故ここに?」
聞かれたので事情を説明する。
傍らで鳴下の機嫌がどんどんと悪くなっていった気がする。
「それでですのね、全く」
「錫沢も心配しにここまで来たのか?」
「心配も何も私は鳴下の隣に住んでいますわ」
その返しに今までなりを潜めていた疲労がドバッと吹き出す。
自分のやらかした徒労を思うと、恥の上塗りをしたのが本当に馬鹿らしい。
「話は変わりますが、八朝さんは私の本家に行く用事があったのですね?」
「……何故それを?」
「貴方が昔の記憶を探しに行くのでありましたら
必ずや私の『口寄せ』の一族に辿り着く筈でありますので」
自信満々にそう言ってのけるが、それでは理由にすらなっていない。
彼女の独自の情報網を警戒しつつ、再び見た表情は彼女らしからぬ怪訝なものとなっていた。
「どうした、そんな顔で」
「……今からでもいいですから、お止しになった方がよろしいですわよ?」
「それは一体どういう事だ?
確かにアンタにとっては捨てた輩でも……」
「電話口では親切ですからね、アレらは」
まるで見透かしたように錫沢が吐き捨てる。
一体何があったのだと問いたくなる気持ちを必死で抑える。
「それでも手掛かりになるのであれば……」
「駄目ですわ
貴方は錫沢一族の恐ろしさをまるで知っていない」
会話が一切成立してくれない。
それ程までに恐ろしい相手なのかと鳴下の方へ向いてもそっぽを向かれるだけだった。
「それでも行くのでありましたら『七含人』に気を付けなさい」
「シチフク……ジン……?」
恐らくは正規の『七福神』とは違う何かなのであろう。
篠鶴市で『七』に関係するものと言えば『七不思議』だけなのだが……
ふと、鍵を開ける音が聞こえてくる。
「ちょ……」
「私、記憶を失う前の貴方に会った事がありますのよ
少なくとも記憶を失う前と今の貴方は『別人』でしたけどっ!」
えらく不機嫌にドアを閉められる。
取り残されたエリスと錫沢が困惑の表情を浮かべるしかなかった。
お疲れ様です
DappleKilnでございます
唐突に予告しますと、今回もAルートでの登場人物が2人登場します
どちらも『七含人』関係となります
そしてそのうちの一人は……
それでは引き続きよろしくお願い致します




