Case 39-6-1
2020年12月9日 完成
1区画を開放し、地底探検部の廃部の危機から救った八朝達。
だがその代償も鳴下の精神的苦痛によって支払われてしまう……
【5月20日22時00分 篠鶴学園地下迷宮・第一の広間|(仮称)】
『我より袂を分かつ、汝の名は■■
夢幻を揺蕩う、二十二の呪いなり』
唐突に八朝が幻惑を最大出力で発動させる。
それによって薄暗い大広間の風景が、穏やかな砂浜の風景に塗り替わっていく。
『ふうちゃん!?
突然……ってこれもしかして……!』
「ああ、俺が覚えてる一番穏やかな風景だ」
八朝とエリスにとっては郷愁を呼び起こすもの。
そして震え上がっている鳴下にとっては、嘘みたいに心が落ち着く景色となる。
鷹狗ヶ島の潮風が空間中をさらりと吹き渡る。
「え……何ですの?」
「何と言われても、俺の故郷の風景だ
今日は疲れたし、ここは安全で広い……偶には郷愁に浸りたいんだ」
そう言って八朝が砂浜の上に仰向けで寝っ転がる。
マイナスイメージしかない『状態異常』にしては上出来であった。
エリスが矢印状のホログラムを出してはしゃぐ。
『ふうちゃん!
確かこの道の先って……』
「ああ、俺の家だな
と言っても幻惑だから辿り着けないんだがな」
『えー! 行ってみようよー!』
一人で行って来いと返して、入り口側に設定した八朝の家の方へとエリスが進む。
「……」
「どうした?
まぁ、アンタにとっては見知らぬ風景だからな……巻き込んで悪かった」
「い、いえ……悪くは無いんですけど……」
鳴下がもじもじとしながら何かを言いあぐねている様子である。
「あの……貴方のように寝っ転がってもいいのかし……ら?」
「それぐらい別に構わないんだが?」
それを聞いた鳴下が、顔をほころばせて大げさに慎重に砂浜に体を横たえる。
すると直ぐに潮風と柔らかな太陽光、そして穏やかな潮騒だけとなっていく。
「30分後には解除して杣根部長に報告しに行くから」
「ええ、わかりましたわ」
穏やかな時に浸せば傷も癒える、八朝がそう考えている程単純なものでは無い。
だが、この瞬間のパニックを防ぐ程度のモノにはなった。
次第に鳴下の興味がこの風景へと移っていったのがその証拠であった。
「貴方は本当にここで生まれ育ったのですか?」
「……一応そうではあるらしい」
「一応……ですか?」
「神隠し症候群の主訴は『健忘症』と『秩序だった妄想』だからな……」
八朝が寂しそうにこの世界の常識を呟く。
自分にとってはここが故郷である筈なのに、三刀坂の記憶と食い違っている。
この風景の根拠が未だ曖昧な限り、後者の言の方が真実には違いなかった。
「本当に妄想ですの?」
「ん?」
「ここまで情感のある風景を嘘だなんて私には思えませんわ
私にだって、ここと負けないぐらいに好きな風景がありますから……」
今度は鳴下が目を閉じて穏やかに言い切る。
鳴下が発狂する危機から脱したと確認し、漸く八朝が安堵の溜息を零す。
そこにエリスが戻ってくる。
『本当に道が赤い壁で切れてたんだけど……』
「俺の異能力の限界だ、諦めてくれ。 それと今の時刻は?」
『22時28分だよ』
「じゃあ、そろそろ戻るか」
八朝が身を起こして、幻惑を解除せず入り口の方へと歩き出す。
それに1テンポ遅れて鳴下が後を追う。
「今日は家まで送る」
「えっ!?」
「……嫌なら別に断ってくれても」
「いえ、お願いしますわ」
八朝の目論見が破綻して、磯始まで遠回りすることが決定した。
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DATA_LOST
xxxxxxxx xxx
Chapter 29-b 傀儡 - Marionette
END
これにてCase39、呪い(Ⅰ)の回を終了いたします
学園の地下にとんでもなく恐ろしいものが放置されているのは如何なものでしょうか
フツーに除去しようと思うのが民意に違いありません(尤もプロに任せるという附則付きですが)
だけれども、あの奥には間違いなく彼らの求めているものがあります
主人公にも、鳴下にも、或いはその他の誰かにも
そして、あのレベルの化物はまだ数体残っています
ダンジョンなのだから仕方がないね
次回は『虚ろの王冠』となります
それでは次回もよろしくお願いいたします




