Case 39-5
2020年12月8日 完成
化物の不意打ちから救ったのは三刀坂であった。
彼女が赤い壁を突破した理由、変更後の異能力を放てた理由、聞き出す必要がありそうだ……
【5月20日21時55分 篠鶴学園地下迷宮・第一の広間|(仮称)】
『ふう……ちゃん……?』
「ああ、アンタが一番の寝坊だ」
そう言い終わるや否やまたも端末タックルを食らう。
謎の記憶遡行でこの化物との戦いを思い出し、トラウマになっていたのにも関わらずここまで付いてきてくれた。
「ありがとう、エリス」
端末をそっと撫でる。
泣きわめきすぎて気づいてないらしい。
「あら、私も頑張りましたのよ?」
「何だ? アンタも撫でてほしいのか」
「冗談はおよしなさい
褒章は金銭にてお願いいたしますわ」
無碍に断ってくるが、これが普通の反応である。
そして、先程の戦いを振り返る。
「一体誰がこの化物を倒したのでしょう……」
鳴下がスイカ大の大きさの『アルキオネの鱗』を抱え持ちながら呟く。
あの戦いの最後の記憶を辿る限り、八朝達は化物の初見殺しにまんまと引っかかった筈である。
「すまんかった
まさか奴の根幹が神器よりも呪詛にあったとは……」
「謝らないでくださいまし、あんなの私の見鬼でも無理ですわ」
鳴下は異能力によって大半の神楽を失ってはいるが、特異的に強い『見鬼』だけは褪せることなく残っている。
それを以てしても無理だというなら、この篠鶴市にあの化物を突破できるものは存在しない。
と、鳴下が思わず己の手を見つめていることに気付く。
抱え持つアルキオネの鱗が震える……その主たる両腕は一切疲れていないにも関わらず細かく震わせている。
(怖い……)
鳴下が元々この依頼を受けたのは、篠鶴市を守る上で邪魔となる化物の巣窟たるここを一網打尽にするのが目的であった。
烏落としがあれば、という慢心が己の目を曇らせて、死の淵を彷徨う醜態をさらしてしまう。
この瞬間、彼女は初めて化物に対して恐怖を自覚してしまったのである。
『大丈夫?』
「え、ええ……大丈夫ですわ
ちょっと疲れているだけですので……」
エリスからの気遣いを振り払うように取り繕った言葉で返す。
しかし目線は迷宮のさらに奥……暗くて見えない通路の奥にいる筈の藁人形を捉えて離さない。
「……」
八朝はこの瞬間岐路に立っていた。
明らかに様子のおかしい鳴下を放っておくことはできない。
口調は育ちが良いものの、荒事も難なくこなす彼女に弱さなど無いと思っていたが、それが勘違いだと気づく。
(……2時間でも毎日アレなら)
ふと彼女の後遺症である蛇化の『目線の高さ』が気になった。
普段なら考えもしないヒトの手の巨大さ、足踏みの危険さ、それよりも大きな車に対する本能的恐怖。
彼女に芽生えた恐怖は根が深い。
だが、それと同じぐらいの気づきも存在した。
(あの人影が放った固有名……)
あれは三刀坂の『変更した異能力』の方の固有名である。
この場に彼女は存在しない故に裏を取ることはできないが、もしかすると……
そんな、一縷の希望に縋りたい気持ちと葛藤する。
俺は……
①鳴下を気遣う
②三刀坂の後を追う
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