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Case 39-4

2020年12月7日 完成


 化物(ナイト)に致命傷を与えることに成功する。

 だが、瀕死の筈の化物(ナイト)が蓮の花となって転生する……




【5月20日21時40分 篠鶴学園地下迷宮・第一の広間|(仮称)】




 鳴下(なりもと)は己の身に流れた即死の魔力が偽りであった事をこの時に思い知った。

 何故なら、あの蓮の花から放たれる魔力(それ)の方がより濃密な死の気配を漂わせていたからである。


(これは何ですの……!?

 絶望、悲嘆、狂愛……全部何かが……!)


 違う……これはそんな綺麗なものでは断じてない。

 心を打つ物語でなく、合議の言質が取られた議事録を読んでいるような不快感。


 間違いなく、この化物(ナイト)は奸臣の類である。


 その思考を最後に彼女の精神は第二幕へと染め上げられていった。

 他方、八朝(やとも)には『虚構』に対する耐性があった為、彼女よりも数秒ほど猶予が多く与えられた。


(変化した属性……どう考えてもこれは『心中物』!?)


 それは過去の日本で幾度も発生した文化的な流行の一つで、無辜の犠牲者を大量に出したもの。

 仏教の『輪廻転生』が息づく世界で死しても壊れぬ愛を誓い、物語と同じく身投げして世を捨てる結末を多くの者が望んだという。


 そして『心中物』に纏わる顛末として、流行の鎮静化に少なからずの残虐な刑罰が用いられたことも有名である。


 であれば、この洗脳(ものがたり)の末路は『(洗脳による)無理心中』か『拷問死』のみ。

 先程の鳴女伝説よりもストレートに救いようが無い。


「エリス!」


 何か策はないかと身近な存在の名を叫ぶ。

 だが、返ってきた言葉に愕然とした。


『未来成仏うたがひなき恋の手本となりにけり』


 『曽根崎心中』と呼ばれる『心中物』の結びの言葉であった。


『……ッ!

 (Binah)より袂を分かち、果ての天球(Hod)へと至れ!』


 最後の力で八朝(やとも)が自己呪詛たる『峻厳の柱(ボアズ)』に挑む。

 前回は不発だったそれが、死の淵に立ったことで再び異能力として成就する。


 だが、肝心の呪詛による汚染は化物(ナイト)の生み出した沼に吸われ、一向に広がらない。


(そん……な……)


 呆然としたまま、八朝(やとも)は全ての感情を吹き飛ばされた。

 先程よりも強烈な洗脳に侵され、三者三様が死と愛を求めて彷徨いだす。


 実のところ八朝(やとも)が評した『芸能の神の呪的側面』という言葉は一部を除いて正鵠を射たものであった。


『べん』


 三味線が舞台の調子を引き締める。

 蓮の花が思い描く通りの悲劇へと三人を連れていく。


 芸能とは、少なくとも日本においては神への供物であった。

 巫女が我を忘れその身に神を宿すように、踊り子は全ての意思が封じられ、その所作全てが神のものとなる。


 即ちこの蓮の花は『踊り』という呪詛の純粋なカタチそのものである。


 故に天津神を排したアレンジが許され、常人すらも忘我の境地へと導く。

 それが人間には知り得ぬ蓮の花の『神』の思し召しであるなら、あらゆる狼藉が許されるのである。


「来世は蓮の花にて」


 締めに入り、後は愛するものと共に崖へと身を投げるのみ。

 だがこの大広間に崖というものは存在しない。


 故に三人とも『転倒』を身投げの代わりとし、その結果おめおめと生き延びてしまう。


「ああ、何という事だ……!」


 全く同じタイミングで顔を押さえ、嗚咽を漏らす。

 傍らに誰もいないにも拘らず、三人とも引き摺られるように中央の蓮の花へと集められる。


『べん』


 凛々しい三味線の一音が、まるでお白洲の沙汰のように響き渡る。

 最初から心中で終わらせない蓮の花の悪辣さが顕わとなる余韻であった。


 これにて彼らの見せしめ、もとい処刑が始まる……筈だった。


『Isfjt』


 遠すぎて微かにしか聞こえない固有名(スペル)と、その彼我の距離を無視する劈音が蓮の花弁に刺さる。

 そこに己の10倍以上の負荷が発動する。


 まるで椿の花がそうするように花でできた頭を垂れてぐったりとしてしまう。


『この者に800の罪有り

 呵責なく劫火へと()べよ』


 お白洲とは違う、荘厳な声と共に空間全体に超重力の重圧がかかる。

 歩み寄ってくる人影は、そんな重圧をどこ吹く風のように無視する。


「あ……ぁぁぁぁあああああああああ!!!」

「……お願い耐えて!!」


 その言葉が誰宛のものなのかは分からない。


 所々発生した超重圧かつ遮光の重力異常が教会の柱のように屹立する。

 その中心で蓮の花が十字型の闇に磔となる。


『ギィィィィァァぁぁぁぁぁあ………ッ!!!』


 蓮の花にもし意思があれば、この瞬間ほど己の死を痛感したことは無いだろう。

 この化物(ナイト)に掛けられた魔術の名を『弾圧』という。


 即ち、闇属性電子魔術(グラムアンブラ)随一の対悪殲滅魔術が蓮の花を文字通り焚き上げる。


 そして蓮の花の化物(ナイト)が崩れ去った。

 蓮の花のあった場所に頭蓋骨ぐらいの大きさのアルキオネの鱗が残される。


「うわ……すご……

 そ、それよりキミ!!」


 人影が八朝(やとも)の下へと走る。

 その手を握って脈があることを確認すると、静かに涙を漏らす。


「よかった……

 八朝君(・・・)と一緒にキミまで死なれたら私……」


 気絶無効と罰則(ペイン)の痛苦で朦朧とする五感の中で三刀坂(みとさか)に握られる感触だけが確かに伝わった。

続きます

次は久々の分岐回となります

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