Case 39-3
2020年12月6日 完成
八朝が使えない筈の切り札・■■によって化物に致命傷を与える。
だが、それ自体がまやかしであった……
【TIMESTAMP_ERROR 旧磯始隧道・弘治の隠れ家】
「洗脳に敢えて掛かるだと!?」
作戦概要を説明し終えた直後に弘治が呆れた声を上げる。
当たり前であった……あの化物が持つ必勝法に敢えて乗るなんて自殺行為である。
「……正気なのですか、貴方」
「正気も何も、演壇に上がらなければ勝てないのであればそうするしかない」
「演壇?」
八朝が口走った『演壇』なる意味不明な言葉に反応する。
「ああ、あの化物は水子の集合霊でも蛭子神でもない
恐らくはその姿を借り、相手を演劇に巻き込んで殺す芸能の神・百太夫神の呪的側面だ」
それは蛭子神が祀られる西宮神社で併祀されている芸能の神の名である。
かの神の裔である『傀儡子』達は蛭子神の神妙を世に知らしめる為、各地で舞を披露したという。
彼らは『歩き巫女』の例にも漏れず、禊祓といった呪術的なサービスを提供していたという。
「芸能の神の、呪的側面だと?」
「日本の神霊は様々な側面を見せてくる事がある。
例えば素戔嗚が高天原では暴れん坊、出雲では英雄としての顔を覗かせるように、奴にも別側面があるのだろう」
「……呪詛、ですか?」
「その通り
但し、天津神の系譜は呪詛といった『ケガレ』を忌避する傾向にある」
だから、その神そのものではなくその神を演じている役者が正体だと八朝が付け加える。
だが、それでも一つ放置されている謎がある。
「それで相手の殺人劇に乗る理由とは?」
「それについては奴の欠陥……即ち呪穢が反映した劇の特徴について説明する必要がある」
「欠陥……どこにあるというのだ眷属?」
「鳴女伝説には返し矢の部分と、誤解に怒って納屋を切り倒す二つの場面がある
……このうち、純粋な天津神の部分が無くなっている場合、結末と奴の標的が変化する」
即ち以下の通りとなる。
『鳴女を殺した矢が返って来ず』『何らかの理由で矢を放った天稚彦が神度剣で斬り殺される』
「あの化物の標的は女では無く男……つまり俺に洗脳を掛けて来る筈だ」
【5月20日21時33分 篠鶴学園地下迷宮・第一の広間|(仮称)】
「あ……」
自分に刺さった旗の全容をまじまじと観察する鳴下。
その旗の力が『即死』であることは、彼女の鍛えられた魔力感覚が真実だと告げる。
「むつにひき つくよみ やつのひるめ おつ」
最後の抵抗に旗を破壊する。
気絶無効で意識を失えない八朝が罰則の痛苦にもがき苦しむ。
「あとは……頼んだ……ぞ」
針のように細く壊れていく旗を無表情で見下す。
それと共に旗に掛けられていた魔法が解かれ、元の待針へと戻っていく。
やがて、無表情で化物の元へと歩み寄る鳴下。
キャッキャと赤子らしき歓声を上げて、新たなハーレム要員を出迎える化物。
『あのゴミどうしよっか?』
「そうね、私に任せなさい」
フッと微笑みかけた鳴下が弓弦に手をかけ、玲瓏な口調でもう一度唱える。
「むつにひき つくよめ やつのひるめ おつ」
その狙いを八朝……ではなく化物へと向ける。
油断しきった化物とエリスが反応に遅れる。
(狙うは一点……!)
鋏のうち、構造が一番脆いジョイントの部分。
『な……!?』
エリスの障壁魔術よりも早く、鳴下の烏落としがジョイントを打ち砕く。
この距離で、しかも八朝と同じ属性を持ってしまった水子だからこそ受ける特攻効果によって神度剣が完全に破壊される。
『ぎぃぃ嗚呼ああああぁぁぁぁああぁぁ……』
赤子の悲鳴と共にその身体が砂のように崩れ去っていく。
それと共にこの場の全員に掛けられていた洗脳が解かれる。
『……ッ!
ふうちゃん!?』
「……安心しろ、ちょっと痛くて動けないだけ……だ……」
八朝が手を挙げて無事だと伝えても、エリスが勢いを止める様子はない。
そのタックルで片手がとてつもなく痛かったが、彼女から聞こえる嗚咽で怒る気もなくしてしまう。
「本当に貴方の言った通りになりましたわね……」
「いや、でも鱗が出てくるまで油断はできない」
あの違和感が正しいなら、あの化物はもう一つ別の性質を隠し持っている。
だが、ステータス上のHPは0%以下の数値を指し示しており、確実に死んでいる筈である。
「ほら、鱗の赤い光も見えましたわ……」
『待って!!
属性が変わってる……?』
エリスが表示した画面を八朝と鳴下が確認する。
『呪詛・舞踏・輪廻・泥中之蓮・元禄・情愛』……いずれも先程の欠陥した鳴女伝説の物ではなくなっている。
「これは……」
毀れた化物の身体が沼のように地面に広がり、残った鱗がとぷんと沼に沈む。
沼の中心で漆黒の大蓮が蕾を綻ばし、花開くように幻覚を撒き散らした。
続きます




