Case 39-2
2020年12月5日 完成
作戦の根幹にかかわる化物の正体について疑義が生じる。
疑いの気持ちを注意力に換えて、目無しの化物に挑む……
【5月20日21時20分 篠鶴学園地下迷宮・第一の広間|(仮称)】
『■!』
八朝の話し声に反応したのか、その魔力に気付いたのか赤子の化物の威圧がこちらに向けられる。
やがて、頭部をシャキシャキと忙しなく鳴らし始める。
恐らく既に洗脳の力が発動している筈なのに、八朝達に何ら変化が無い。
早々に洗脳されたエリスが化物側に着くのを確認すると、油断したのか頭部を閉じる。
そこに、強烈な衝撃が叩き込まれる。
『!?
何をした!?』
「エリス……付き合いは割と長いと思っていたが輪の事も忘れたのか?」
『……!!
探してッ! もう一人何処かに居る!!』
エリスの指示が終わるや否や、空間を揺るがせるほどの泣き声を上げる。
そうして地面に接地するや否や、頭部の片側の刃を地面に深々と差し込む。
まるで画用紙を切り取るように、地面を切り裂きながら此方へと向かってくる。
「……■■!」
そこに八朝の花火弾が飛び込んでくる。
化物の暴進がピタリと止み、気絶で八朝を認識できない僅かな時間を使って物陰に隠れようとする。
だが、化物の回復は想定以上のスピードで及んだ。
ジャキン
僅か1回で刃先が八朝の目の前を掠める。
そこにもう一度不可視の衝撃が叩き込まれる。
即ち八朝が考えた作戦とはこれの繰り返しである。
八朝が常に化物のヘイトを稼ぎながら逃げ回り、死角から鳴下が攻撃する。
何度かそれを繰り返した後、八朝が別の小径の名を口にする。
「■■!」
八朝が眠りの霧吹きで、もう一度化物を行動不能にしようとする。
だが、今回は効いておらず代わりに天地を揺るがす泣き声が響き渡った。
『う……うーん……ッ!
畜生! どこにいるのよっ!』
泣き声によって気絶から解放されたエリスが、濛々と立ち込める霧に向かって悪態を吐く。
彼女の『分析魔術』で霧の中の様子を捉えることはできない。
そこに3つ目の衝撃が入る。
『ァ……ァァァァァァアアアアアアアアアアア!!!』
化物が只管泣きわめき、じたばたと大地を叩く。
身体の大きさと化物特有の膂力が加わり、大地が裂けそうな程の轟音が響き渡る。
『ま、待って!
そんなに暴れちゃ駄目……ッ!』
大広間を構成する装飾柱や天井の壁画がボロボロと崩れ落ちる。
子供をあやす為の贅沢な構造物が、駄々をこねる化物に対して鉄槌を振るうように落ちてくる。
『Hpnaswbjt!』
エリスの障壁魔術がある程度の大きさの瓦礫から化物を守る。
「エリス……何度も言うが奴は化物だ!」
『そんな訳無いでしょ!!
こんな可愛い赤ちゃんのどこが化物なのよ……頭おかしいんじゃないの!?』
やはり説得も無駄であった。
そしてエリスのナイスアシストによって余裕を得た化物が、ある方向から目線(?)を離さない様子を確認する。
(しまった……ッ!)
シャキン
その一音で鳴下を覆い隠す透明化の幻惑が断ち切られる。
そして、向けられた最大級の洗脳により鳴下が悲鳴を上げる。
「鳴下!!」
「近づかないでッ!!!」
僅かに残った正気が鳴下をそう叫ばせる。
そして彼女は蹲り、一言も発しなくなる。
「……許さん
許さんぞ化物!!」
逆上した八朝が、本能のままに旗を呼び出す。
それは八朝のカバラ魔術のうちで使えないものの一つ……アルカナにおいては『死神』と照応する小径である。
刺し貫いた相手に『即死』を付与する理論上の切り札である。
『!?
やらせないッ!』
エリスの障壁魔術の内側を、コンマ一秒ですり抜ける。
柄側の先端が障壁魔術に捕まるも、異能力の身体強化で強引にへし折る。
「これでトドメだ!!」
洗脳の完成に気を取られ過ぎた化物がようやくこちらを振り向いたが、手遅れであった。
旗の先端が化物の身体を深々と刺さる。
「やったか……!?」
八朝の心が一瞬歓喜に傾いたが、そこで漸く正気を取り戻した。
刺し貫いた筈の化物はそこにはおらず、口から血を零す鳴下の姿があったからである。
だが、これで作戦の第一段階が完了した。
続きます




