Case 38-4
2020年12月2日 完成
箱家から言質を取り、窮地に追い込むことに成功する。
だが相手も異能力自体を発動できなくする状況を作り出す……
【5月14日17時30分 篠鶴地区・某所】
一つ疑惑のある異能力が存在した。
それは異能力封じを為した箱家のではなく、依代が『対地攻撃衛星』の雨止のものである。
端的に言うと、依代を出現させる際に任意の速度を持たせられるかどうか。
その答えはNoであった。
『それが出来るなら汝の■■はもう少し使い勝手がいいものになっていたであろう』
『結果論じゃねーか』
『ああ、だがもう一つ理由がある
もし依代に直接速度を入力した場合、予測不能な運動が起きるだろう』
要領を得ない八朝に普段使う教科書が投げ渡される。
付箋の所を開くと『魔力とは『誤差』を引き起こすモノである』と太字で書かれている場所が目に留まる。
『速度に好き勝手な誤差が挿入されておかしくなるって事か?』
『その通り、だが直感的には理解できない程些細なものではあるが……
……恐らく眷属が想定している『人工衛星の依代』であれば話が変わってくる』
曰く、静止軌道に乗せるための方角・速度は正確でなければならない。
ほんの少しの『誤差』で衛星が楕円軌道を描き、やがて地球のどこかに落下すると説明される。
『であれば人工衛星型の依代は成功した最初の一回だけ顕現させた方が良いだろう
高高度の物体なら他の異能力者や化物からの妨害は無いが、墜落すれば容易に砕けるのは自明の理であろう』
この時は八朝もピンと来なかったが今は違った。
予想通り、雨止は固有名の発声も無しに対地射撃を行ったのである。
即ち彼の依代は遡及的無効の以前から存在していたのである。
「クソッ!」
箱家が焦って自分の頭に刺したダガーを引っこ抜く。
普通なら致命傷の筈のそれも、遡及的無効によって別次元のどこかに退避させたのか血の一滴すら噴き出さない。
「だが分かったぞ!
貴方の異能力の正体を!!」
箱家がダガーを上空に投げ放つ。
ダガーが上空の一点で不自然に停止すると、途端に空一面を悉く雲が覆い隠した。
「たった今『晴天』を遡及的無効してやったぞ!
貴方の目も雲があっては意味が無い! はははははははははははは!」
「くっ……!」
箱家の高笑いに雨止が悔しそうな声を漏らす。
そして、焦った八朝が前衛へと踊り出る。
「■■!!」
「馬鹿め!
霧如きでは僕は倒せんぞ!!」
八朝が目くらましで放った霧に箱家を閉じ込める。
そこに別方向から奇襲をかける予定が、逆に八朝が胸にダガーの一撃を食らう。
「ぐっ……!!!」
「貴方の攻撃ぐらいお見通しなんですよ!!
心臓が遡及的無効したぐらいでキーキーと煩いですねぇ!!」
八朝が箱家に蹴飛ばされ、受け身も取れず地面に転がされる。
エリスが寄ってくるが、持って1分半の命であった。
だが、これで全てが整った。
「後は貴方だけです!!」
箱家が先程八朝にやったものと同じように雨止の心臓を消そうとダガーを投げ放つ。
『……基礎より放たれる光は我が王国へと注がれる
神は偉大なり! 我らを赦し、我らを導き、我らを守る主よ……その雷を以て罪人を打ち滅ぼせ!!』
密かに伝えていた呪文を、ギリギリのタイミングで言い切る。
そして、雨止の対地射撃衛星が放った質量攻撃が、寸分違う事なく箱家を貫いた。
「な……! 馬鹿……な……!!」
「話は『月の館』で聞いてやるよ」
箱家の全身を粉砕されるダメージをダガーが肩代わりした結果、全てのダガーが即座に砕け散った。
罰則によって気を失い、その場に倒れ込む箱家に対して心臓を取り戻した八朝が起き上がる。
そして職員たちがようやく現場に駆けつけて来た。
職員からの聞き取りから解放された八朝を雨止が呼び止める。
「貴様……我が依代に何をした?
我が上空の目では箱家の言った通り捉えられなかった」
「俺が使っている魔術を付与した
その補正によって目を瞑っても相手に当たるようにした」
生命の樹に存在する『力の下降』を流用し、王国の属性を持つ者に当たるようにしたと説明しても理解はできないだろう。
詠唱とチャージ時間がネックになるが、これで雨止の能力が強化されたに違いない。
「何故貴様が私に力を貸すのだ?」
「そりゃあ、千早ちゃんを助ける為に有用だったからだ」
「いいや、あり得ない
さっきの詠唱からの一撃……箱家と共に八朝も見えていたぞ?」
つまりは、この共闘の後に敵対した場合八朝側が一歩的に不利になる形の強化であった。
メリットの存在しない『施し』のような強化に、雨止が心底気持ち悪がっているのであろう。
「……あの短時間ではこれで限界だ
それに俺は異能力の推理をすると記憶が戻る……同門の誼で何度も強化できればその分記憶も絞り出せる」
そう、八朝が自身のメリットを説明する。
雨止が更に文句を言おうとしたところに掌藤妹からの呼び声が割り込んでくる。
「どうかなさいましたか千早……さん!」
「おねえちゃんと鳴下さんが……」
その言葉で嫌な予感が的中してしまった。
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