Case 38-3
2020年12月1日 完成
再び掌藤妹がこちらに訪れて来る。
親衛隊隊長・雨止との全面衝突を回避し、のっぴきならない事情が明かされていく……
【5月14日16時09分 篠鶴地区・某所】
雨止が矛を収め、ようやく彼らの事情が話される。
結論から言うと掌藤姉妹、及び親衛隊全員が覚えている側で、エリスが死亡する直前に大事件が発生した。
それは雨止が先に言及した通り、掌藤妹がある人物に殺された事である。
「あの時は誰が誰だが分からず成す術が無くて……
それでいつの間にか巻き戻ってるってお姉ちゃんに相談したら血相を変えて……」
「それで我々が千景様に呼ばれ、巻き戻った事と千早……さんの証言の確認を行いました」
その結果、下手人は箱家だと判明した。
長らく動機は不明であったが、八朝がエリスにしたひそひそ話で全てを把握したという。
「それはどういう事だ?」
「その前に、八朝さんにはこれを差し上げます」
渡されたのは経年劣化で干からびた1本の線香花火であった。
その割には触っても崩れる様子が無く、不思議な感触のするものである。
「……!?
よろしいのですか! それは……」
「いいの
多分、今の八朝さん達に必要な物だから……」
「どういう事だ?」
「これはエリスさんの核ですわ」
曰く、掌藤妹は姉と同じく同性かつ同年代に嫌われる容貌を持ち、友達が殆どいなかった。
しかも能力が弱く、代わりの友達を作るにはエリス一人が限界であったらしい。
(……そういえば、姉の方もやけにエリスに気を掛けていたな)
目に入れても痛くないほどの大切な妹の、しかも唯一の友達と考えればあの態度も納得できる顔しれない。
『えっと……』
「そんな顔をしないで下さい
私といた時よりずっと明るくなった貴方に相応しい人ぐらい私でも分かります……」
顔を伏せて、手に力を込めている掌藤妹の姿がとても痛々しく見える。
エリスも見覚えのない過去に直面して何も言えなくなってしまっている。
だが、今は話を前に進める必要があった。
「雨止……一つ聞いていいか?」
「貴様に話す事なぞ……」
「雨止さん?」
「……ッ!
手短に話せ」
その前に彼に渡すものがあった。
先程掌藤から受け取ったエリスの核を雨止に握らせる。
「どういうつもりだ貴様……!」
「掌藤千景と箱家が言い争っていた内容は何だ?」
「……エリスの核についてだ」
「だったらそれはアンタが持っていた方が良い
何しろ箱家は覚えていない側だ……こんなことをしても千早ちゃんが狙われる事に変わりない」
それを聞いた雨止が憮然としながらも首肯する。
どうやら彼は飾り物のリーダーではなかったらしい。
「そこで奴を無力化する方法であるが……」
八朝が箱家を無力化する方法について説明する。
終わるや否や、雨止に首根っこを掴まれる。
「貴様!!
どこまで千早様を……!」
「やめなさい!!」
掌藤妹の剣幕で再び雨止が引き下がる。
「本当にそれで全て上手くいくんですか?」
「俺にも雨止にも千早ちゃんを守る理由がある……それだけは信じてくれ」
残りのピースである掌藤妹の決断も、この瞬間に下る。
後は餌を撒いて箱家をおびき寄せるだけである。
【5月14日17時20分 篠鶴地区・某所】
「ですから!
私はそんな物持っていませんわ!」
「いいや、絶対持ってるね!
その証拠にほら! このサイトの写真を見てごらんよ! ねぇ!!」
箱家が掌藤のファンクラブサイトの画面を押し付けてくる。
先程作成した『エリスちゃんと再会』と銘を打った写真付きの最新記事が表示されている。
隠れて様子を見る八朝の隣で、無視できな程の怒気の昂ぶりを感じる。
(押さえろ……アイツが尻尾を出すまでは)
(だが……だが……ッ!!)
箱家による掌藤妹への狼藉に怒り心頭なのはこちらも同様である。
そして箱家が何かを察した様に掌藤妹を突き飛ばす。
決定的瞬間は呆気なく訪れた。
「そんなに嫌がるなら仕方がないね
……キミを殺して、エリスの核を奪い取るだけさ」
「ひっ……!」
箱家から放たれる中途半端な殺気でも、彼女を怯ませるには余りある程である。
だがこの瞬間、彼の罪が確定した。
逃げる掌藤と追いかけ始めた箱家との間に号砲代わりの一撃が振り落ちる。
「!?
何だねキミたちは!」
箱家の目の前に八朝と雨止が姿を現す。
「何だねも何も、今しがたお前を篠鶴機関に通報した……じきに職員がこちらにやってくる」
「……ッ!
謀ったな八朝!!」
異能力を用いた犯罪は、その準備行為……即ち犯行予告の時点で正犯と同様の罰を受ける。
無論、箱家のそれは直ちに職員がやってくる程の重大事件と認識されるものである。
「貴様……貴様だけは許してなるものか!!
必ずやk……『月の館』へと幽閉してくれるわ!!!」
「やれるものならやってみろ!
この異世界の文明〇人共が!!!」
激昂と共に箱家が持っていた2つの短剣を頭に突き刺す。
その瞬間八朝達の身体に異変が起きた。
「…………!」
「貴方には感謝してますよ八朝さん!
この世界と僕の世界の違い……脳科学こそが武器になると!!」
ああ、確かに奴は左側のある部分を短剣で突き刺している。
大脳において言語発声を司るとされるブローカー野を遡及的消去したのである。
これにより口を開いても言葉が出てこないのである。
「丁度良かったよ八朝さん!
貴方には欠陥品を融通した罪があります……今からその罰を下すとしましょう!」
駆け寄ってくる箱家。
そこに、有り得ざる2撃目が着弾した。
衝撃で吹き飛ばされた箱家が無惨に転がりまわる。
「な……馬鹿な!
発声を消してしまえば異能力者共なぞ……!」
その能力の主が、前へ一歩踏み出す。
続きます




