Case 37-2
2020年11月25日 完成
部長への報告は終わったが有用な情報は出なかった。
17時を迎え、鳴下が元の姿に戻る……
【5月11日17時30分 篠鶴地区・篠鶴タワー付近|(辰之中)】
「私も付いていきますわ!」
突然の主張に八朝が困惑する。
この後の予定も考えると『第二異能部関係者』には知られたくないからである。
『どうしたの、みーちゃん?』
「貴方達、今日もあの隠れ家へと行くのでしょう?
あの地下に居た洗脳の化物の情報を探しに」
「……まぁ、そうではあるが」
「貴方、昨日の約束忘れてません?」
鳴下の指摘でようやくこんな事を言ってきた理由に突き当たる。
意図的に隠していた『巻き戻す前』の話の件である。
「……隠れ家に行く前に小一時間程別の用事があるのだが?」
「構いませんわ
丁度貴方達が何やってるか知りたいですし」
気恥ずかしい事を口にして鳴下も心なしか照れてしまっている。
その用事につき戦力が増えるのは好ましいが、彼女だと『第二異能部関係者』なのである。
だが、あまり否定してしまうとこじれる可能性もある
(どうする?)
(……まぁ、お堅い鳴下なら大丈夫だろう)
「後で泣き言を言っても知らんぞ」
「……本当に何をしでかすのですか貴方達は」
呆れたように呟くしかなかった鳴下であった。
これが十数分程前の出来事である。
今やっている事といえば、物陰に隠れて巨大待針を構えながらあるものを待ち構えている。
そして視界内に獲物の影が映る。
(エリス!)
(遮蔽物なし、適正位階、ついでにVrzpyqの射程圏内!
ふうちゃん、■■をお願い!)
『■■』
八朝が霧を展開し、エリスに吸わせる。
依代を構成する魔力がエリスへと充填され、すでに詠唱し終わっていた電子魔術に魔力を通す。
妖精魔術を除いたものは全て八朝の魔力が必要であり、使える属性も八朝の属性依存となる。
『Vrzpyq!』
初速度変更電子魔術により巨大待針が目にも留まらぬ速さで飛翔する。
命中した獲物が拘束の状態異常に驚き、藻掻き苦しむように悲鳴を上げる。
近寄ってみると、何百匹もの小さな羽虫がまるで柱のように集っている全容を確認する。
「群れの中心に赤点1つ、一つ目級の『蚊柱』だな」
『これ、化物斡旋だったら百匹分の鱗が貰える超高額物件だったのにね』
「違いねぇな」
鳴下が少し遅れてこちらにやってくる。
彼らが何をやっているのか分からず、困惑の表情を浮かべる。
「ん、ああ
これが『化物斡旋』だ……尤も今回からはコイツで取引しなくなったんだがな」
「だから……何ですの?」
『ふうちゃーん!
サンプル取り終わったよ』
「それじゃあもう一匹捕まえに行くか」
「待ってくださいまし!
貴方達……依代を放置するんですの……?」
『命にも等しい依代を放置するとは非常識な』
という鳴下の暗黙の言い分は理解できる。
とは言うがあんまり時間を掛けていると弘治との約束の時間に遅れるかもしれない。
「エリスが反響魔術で見張っているから大丈夫だ、それよりも時間が無い」
「それも確かに疑問には思いました
ですが、討伐もせずに放置する意味は一体何なのですか」
鳴下の指摘でようやく自分が何をやっているのか思い当たる。
確かにこの方法では自分に利は無い。
だが、八朝が当然のように言い放つ。
「……平たく言えばX級の為だ」
「X級の……ですか?」
「奴等は決して弱くない
能力さえあれば容易に俺よりも強くなれるだろう」
「だから俺が楽する為に、能力持ちを増やして代わりに化物を狩って貰う」
実に合理的だろう、と薄っぺらい決め台詞を鳴下は無視する。
「その方法ですとX級以外が先取りしてしまいますわ」
「別に強い奴がさらに強くなっても良いとは思う、そもそも俺は観音様じゃないからな」
観音とは仏教における全世界を表す六道に遍く存在し、全ての人を救うとされる菩薩である。
そんな偉業を人間如きが再現できる訳が無い、出来たとして『巻き戻す前』のようになるだけである。
「俺は俺のできる事だけをやる
……取り敢えず時間の無駄だから先行くぞ」
鳴下の抗議の声を無視して八朝が先を急ぐ。
別に鳴下は『詰めが甘い』やら『部長に相談しろ』と言う心積もりは無い。
ただ、目の前の人間が何気なしに行った善行が嘘じゃないかどうか確かめたかっただけである。
「待って下さいまし!」
考えが纏まらぬまま、ザルに等しい八朝の偽善行を追いかけるだけであった。
続きます




