Case 35-5
2020年11月17日 完成
『炎の英雄』の鳴弦によって能力が使用不可となり、窮地に陥る。
唯一対抗可能な八朝が灯杖を手に死闘を繰り広げる……
【5月1日10時30分 篠鶴地区・駅北商店街(辰之中)】
『ふうちゃん! ギリギリ間に合ったよ!
でも最後の輪、どうやって出すの!?』
「ああ、既に用意している……弘治! 頼む!」
見上げると雲霞の如き蜻蛉の群れが出来上がっていた。
『並列』を持たぬ火属性の異能力者の弘治が、一体どのような手段で依代を増やしたのか沓田には分からない。
『Dwonj!』
蜻蛉から雨の如き細いレーザーの雨が降りしきる。
雲霞も徐々に高度を減らし、最終的には『炎の英雄』が四方八方からレーザーで穿たれていく。
爆炎で散らした時には既に『炎の英雄』が人型に戻っていた。
「眷属よ!
未だに魔力は薄い……もうしばらく頼む!」
「そうか……無茶を言ってくれるな!」
今度は疲弊しているのか少量の霧しか出せていない。
相手との力量差を考えると、絶望的な状況であった。
『Vrzpyq!』
爆炎の暴威を、相殺の状態異常で散らせる。
受け止めきれなかったダメージが依代にびっしりとヒビを入らせる。
『ふうちゃん!
やっぱり無茶だよ!?』
「構うものか! 俺は死んでも動くんだぞ!!」
この言葉に沓田の感じる八朝の異常性が集約されていた。
死を恐れぬ突撃……それを行う為には強靭な精神か宗教の後押しといった物が要求される。
それを持たずに突撃を敢行すれば文字通り『自爆テロ』にしかならない。
だが、目の前の転生者は残りの1発を用いて不可避の機で放たれた爆炎をすり抜けた。
まるで伏してしまったような態勢で初速度変更電子魔術を使用し、比較的安全な爆炎の真下の隙間を狙ったのである。
(本当に弱いのかコイツは!?)
いつも自らを『それほど強くはない』と称する八朝。
だが、属性スキル演習の時といい、勢力調査で沓田の能力を完封した時といい、つい先程の白兵戦闘といい、彼の自己評価を疑いたくなる。
確かに能力自体は弱いだろう。
だが持てる物全てを使用し、それに全てを賭ける胆力を持った人間を弱者と評することはできない。
『■■!』
『炎の英雄』の足首に拘束の状態異常がクリーンヒットする。
地面の微妙なデコボコによって顔中に傷を受けながら八朝が身体をのそりと起こして叫ぶ。
「鹿室! 今だ!!」
そして、もう一人の異常な転生者がこの場に躍り出て来る。
奇跡の如き『人化の呪い』を纏った一撃を携えて、魔法剣を振り上げる。
(どういう事だ!?
魔力真空の中で……)
鹿室の周りだけ雹嵐に巻き込まれていることに気づく。
それは今しがた八朝がやった『モノ』を犠牲に魔力を捻出する手段である。
身体を傷塗れにしながら、鹿室にしかできない人化の呪いを輝かせる。
八朝はそれが可能な過程があると説明した。
あの時は転生者特有の妄言だと断じていたが、ふと思い出した記憶がそうでないと叫ぶ。
(……ああ、あの本はつまりそういう事だったのか!)
妄想の如き理想を現実へと顕現せしめる奇跡の一撃が『炎の英雄』を狂気から解放した。
それまで沓田は何一つ出来る事を見いだせず呆然と立っていただけだった。
「僕を殺しておくれ」
『炎の英雄』が事態を把握して最初に放った一言目がそれであった。
無論、鹿室が食って掛かる。
「どうしてですか!?
人間に戻れたのですよ、もう異能力者を食う必要も無いのに……!」
「もう異能力者を食べてしまったからなんだよ」
八朝はその言葉に『巻き戻す前』の苦い記憶と直面した。
同族殺しの異能力者は嫌悪の対象となる……逃れるにはあの時のように全員狂うしかない。
「僕は異能力者の裏切り者だ
篠鶴に居る限り僕の罪は僕だけでなく修也にまで降り注いでしまう」
「だったら隠せばいいじゃないですか!?」
激昂する鹿室に、弘治が端末である画面を見せる。
ここからでは何なのか分からないが、恐らくは犯罪異能力者に付けられる特殊なマークを見せたのだろう。
これは魔力を探査して付けられるものであり、あの十死の諸力ですら偽装できないものである。
「君が僕たちの事を想って言ってくれるのはすごく嬉しい。
でも、ここに修也がいるって事は、もう覚悟してここにきているんだろうと思う」
「親父……」
沓田が複雑な表情をする。
無慈悲に母親を殺したようには見えない『炎の英雄』の素顔に、思わず八朝も戸惑ってしまう。
「早くしておくれ……でないと……」
『炎の英雄』の身体に異変が生じる。
再び化物の黒が疱瘡のようにびっしりとその体を犯し始める。
「そんな馬鹿な……!
転生前の世界ではこれでもう一生元に戻らない筈なのに……!」
「鹿室、『異能力学集成』は読んだか?」
「何ですかソレは……」
「彼には妖魔天象が無い
妖魔ですらない化物が、こうやって意識を取り戻すこと自体が奇跡なんだ」
あの霧は確かに厄介だったが、飯綱の超低温とあの妖魔の星落としと比べれば余りにも軽い。
であれば、『炎の英雄』は人語を獲得する妖魔には至っていない。
それは同時に自分にも言い聞かせる言葉であった。
「討伐するなら早くしたまえ、取り返しがつかなくなるぞ」
そんな彼らを急かす様に弘治が残酷な決断を強いる。
俺は……
①討伐する
②討伐しない
次でCase35が終了します
そして久々に分岐いたします




