Case 35-4
2020年11月16日 完成
初動で八朝の隠形と三人の陣形展開が完了する。
だが相手は戦略的優位をものともしない木精の霧と異名に相応しき爆炎を振るって抗い続ける……
【5月1日10時20分 篠鶴地区・駅北商店街(辰之中)】
『炎の英雄』に対して鹿室が用意した石はh……即ち雹嵐であった。
メタン・メタノールの爆炎と雹がぶつかり合い、辺りを瞬く間に橙色に染め上げていく。
メタノールがソリンとして消費され、悪酔いの霧を徐々に薄めていく。
(これならいける!)
鹿室が懐まで踏み込み、『炎の英雄』を両断せんと剣を振り上げる。
そしてはめ込んだ3つの石……雹・虹・雷の光が反転する。
hの左足からyの弦が現れ、反対側にtの剣を佩び、新しい文字が赤く出現する。
その一撃で切り裂いた部分が、化物が全身に纏う漆黒から生前の『炎の英雄』らしき元の色に戻る。
「な……!?」
それは鹿室の理想論に懐疑的だった沓田でも分かる奇跡であった。
だがすでに遅く、沓田が同時に放った『火吹箱』の蓋が無慈悲に閉ざされる。
「ぐあ……ッ!
なにするんですか!?」
「す、すまねぇ!」
間一髪防御のルーンで身を守った鹿室が抗議の声を上げる。
爆発を耐えた『炎の英雄』は再び黒一色に戻る。
「さっきのは何だったってんだ!?」
「……恐らく、人化の呪いだろうな」
「おわっ!」
何処からともなく聞こえた八朝の解説に仰天する沓田。
「……どういう事だ?」
「アイツの使う文字には複数の文字を組み合わせて使う呪いが存在する。
h・y・tの組み合わせから『人間』を意味するmを導き出したのだろう」
上手く考えたなと、感心を漏らす八朝に対して沓田は理解が追いついていない。
その向こう側で鹿室の魔法剣から何かが零れ落ちるのを沓田が捉える。
「……ああ、3つの材料で新しい文字を作ったのだから、使用した材料はあのように力を失う」
「そういう事か……
おい、鹿室! さっきの後何回使える!?」
「甘く見ないでください……!
これでも元世界では『最強の退魔師』『イザナギ教の敵』と呼ばれたのです……この程度で諦めるものか!」
その言葉からもう後がない事を二人が悟る。
「だったら俺に任せて今は温存しろ!
丁度良いタイミングを作ってやるからそこで待ってろ!」
「沓田君!? まさか……」
「ああ、今はお前の思惑に乗ってやる」
再びトーチを『炎の英雄』に向け、立方体の星群を多数作り出す。
「八朝! 合わせろ!」
「ああ!」
時間経過で八朝の幻惑が解除されていく。
夢から覚めた八首と八尾の威容、それら全ての先端に『火吹箱』の星群を構築する。
『我と袂を分かつ
汝の名は『■』!』
『火吹箱よ、映せ!』
尾による剣の如き一撃・首からのエタノールの霧の追加を、狙いすました『火吹箱』の一撃で吹き飛ばす。
どれだけ再生しようが、無い時間に叩きこめればいい。
『無明を揺蕩う二十二の呪いなり!』
『Vrzpyq!』
八朝の輪の投擲が再び電子魔術で加速される。
ヒットと同時に再び『炎の英雄』が人型に戻る。
『……ァ』
『ァァァァァアァァァアァァァアァァアアアァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!』
それは音による呪詛の如き威容であった。
全員が『炎の英雄』の悲鳴に精神を掻き毟られ、思考に空白が生じる。
再び『炎の英雄』を捉えた時には、弓弦が限界まで引き絞られてしまった瞬間であった。
「しまっ……!」
ぴぃん……と高音が響き渡り、辺りを濃密に囲っていたメタノールの霧が吹き飛ばされる。
八朝達に到達する前に発火した霧が、まるで津波のように諸手を上げて迫ってくる。
『Hpnaswbit!』
ドーム状に展開されたエリスの障壁魔術が炎の壁を捲り上げる。
だが炎の壁に続いて押し寄せた魔力真空が障壁を紙屑のように吹き飛ばす。
『Wytglc! Wytglc! クソッ使えなくなってやがる!!』
魔力の存在しない空間で星群を組むことはできない。
それは鹿室の石、弘治の光変換・非同期通信網も同様である。
今抗えるのは、依代由来の能力という構造を持つ八朝のみである。
「エリス……援護を頼む!」
「ふうちゃん!?」
八朝が霧によってエリスに電子魔術用の魔力を供給すると、灯杖を手に『炎の英雄』へ吶喊する。
対する『炎の英雄』が矢筒から矢を抜き取ると、それを短刀のように片手で構えて迎え撃つ。
双方の初撃目で、八朝は矢を破壊することに成功する。
だが、続く2撃目では灯杖が破壊される。
『ッッッ!!?!!?』
目の前の視界が赤く爆散する。
死んでもおかしく無いような苦痛によろけ、致命的な隙を生じる。
『Hpnaswbit!』
エリスの障壁魔術が矢による突きを防ぎきる。
未だに正常へと戻らない視界の中で、矢筒の内容物が想定以上に減っている事を確認する。
(三本の矢って事か……!)
諺にも名高い強度によって相殺しきれずに灯杖が叩き折られる。
水属性の『並列』によって強制的に最低ランクにされる八朝の依代では太刀打ちが出来ない。
ならば……!
「エリス!
合わせてくれ!」
『了解!』
もう一度灯杖を展開して、『炎の英雄』の薙ぎに水平の打撃で迎え撃つ。
『Vrzpyq!』
エリスの初速度変更魔術によって速度……ひいては威力を上げた灯杖。
今度は壊される事なく鍔迫り合いに持ち込む。
「……らあッ!」
双方後ろに突き飛ばされる形で鍔迫り合いの呪縛から逃れる。
「次も頼んだ!」
『あいさー!』
何度も何度も三本の矢に挑む。
再びこの場に魔力が満ちるその時まで、一合を積み重ね続ける。
続きます




