Case 34-2
2020年11月5日 完成
『炎の英雄』対策をしに来たはずなのに、別の疑惑に翻弄される八朝。
それ以降何の目ぼしい情報も見つからずお昼を迎える……
【5月1日11時50分 篠鶴学園・L棟(図書館)1F】
「まさか、そっちの方が無いとは思わんかった……」
八朝が憔悴したように呟く。
既にエリスの解号検証が3週目を迎えているはずなのに、アレ以外の『沓田氏』の記載が見当たらない。
『あたしもそっちが見つからないなんて予想外だよー』
「化物化や『妖魔』に関しては掃いて捨てるほど出てきたのにな」
いつの間にか八朝達は『妖魔』の正体に迫りつつあった。
まだ辺獄の段階にある検証作業の中で見出した『妖魔』像は以下の通りとなる。
・『妖魔』は化物化した化物からしか生まれない
・『妖魔』と化物の違いは『伝承』の有無である
・この『伝承』が周囲の魔力の在り方を歪め、妖魔天象を作り出す
これらがEkaawhsと七殺を分ける決定的な違いであった。
「それで検証はどうだ?」
『うーん……いろんなパターンを試しているけど……』
声音だけで渋面となっている様を予想できる。
そんな彼らを呼ぶ声がいつの間にか生えてきた。
「……部長?」
「ええ、そうよ
難航しているだろうと思って」
部長が八朝の隣の席に座る。
そしてもう見向きもしていない『第1書』をぱらぱらと捲る。
「予想以上に読めなかったでしょ?」
「ああ、本当にな」
「そうでしょうね
これ、普通に読んだら何処かで電子魔術が発動して、読者を焼き殺す罠があるからね」
八朝とエリス(?)が目を丸くしてお互いを見る。
部長のすまし顔が『何処となくズレている』と感じて、当たり障りのないように聞き返す。
「読むって……どうやってだ?」
「あら、そんな事も分からずに時間を浪費したのね」
「いいわ、この本はこうやって読むのよ」
部長が喉に魔力を溜める。
それは固有名を発動する時に使う『魔力言語』と同じ発声法である。
『Duqtsf』
発音は全く違うのにも関わらず、意味だけがストレートに伝わる。
恐らくはこれが正しい読み方なのには間違いない。
先ほどの『電子魔術の罠』を考えたら、筆者の想定は当然こちらの筈である。
だが、八朝達はこの本が魔力言語で執筆されている事を最初から知っていた。
「部長……すまんが、その方法は既にやってる」
「あら、そうなの?
でも黙々と読めるものでは無いわ」
「エリスに解号してもらっている」
部長に先程読み込んでいた2回目の解読文章と該当箇所になる第3書を手渡す。
罠に注意しながら部長が確認すると、それが嘘でないことに気づいたらしく感心の溜息を漏らす。
『あたしの分析魔術って実は見掛け倒しで
本当は相手の固有名を自力で解号して、そこから文章を推測してるだけなんだよ!』
と、エリスが必要の無いネタバラシを披露する。
部長が珍しく悔しそうな表情を浮かばせていた。
「……どうやら助けが要らないみたいね」
「いや、丁度そこで詰まっているところなんだ」
八朝が依頼に関する事を省いた事情を説明する。
すると今度は呆れの方の嘆息を吐く。
「……当たり前よ
その『炎の英雄』の父……沓田義実は旧名が鳴下義実」
「鳴下家の廃嫡よ」
八朝が突然の爆弾発言を前に絶句する。
確かにこの情報は『異能力学集成』を読んだだけでは分からない。
何しろ先程の第1117号報告にあった『削除』に巻き込まれている可能性が高いからである。
「それはどこからの情報だ?」
「知っているでしょ、第二異能部には同じく廃嫡になった子がいるの」
彼女から聞いたと暗に告げている。
まさかこれ程に身近なところから重要な鍵が見つかるとは思わなかったのである。
だが、現状最も非協力的な人間であった。
「……」
「あら、別に悩む必要は無いわよ
彼女……貴方を嫌うどころか寧ろ気に入っている方よ、あの態度は」
「烏落としを食らったんだがな」
「あの顛末は聞いているわ、あれは間違いなく貴方が悪いわ」
部長が一切感情を込めないで断言する。
ギロチンに掛けられて、バゲットから零れ落ちた首のように居たたまれない。
だが、ここでチャンスを逃す訳にはいかない。
「部長……鳴下の連絡先を教えてほしい」
「残念だけど、彼女は端末を持ってないわ」
一瞬頭が眩みそうになる。
だが、そこにエリスから止めの一撃が入る。
『あー……だからなんだね!
端末アプリから探せなかったのも』
そういえばエリスは■■をサンプルに鳴下を探し出した事を思い出す。
万事休すの八朝に一枚のチラシが差し出される。
「……13時からの……タイムセール……?」
「そこ、鳴下さんの行きつけのスーパーよ」
「助かる」
八朝が部長にお礼をして席を立つ。
『異能力学集成』を受付に返しているときも、部長は何食わぬ顔で手を振り続けていた。
続きます




