Case 31-3
2020年10月22日 完成
部長への話が滞りなく終了する。
直ぐに、今も異能力者と化物に襲われ続ける七殺を探し始める……
【4月21日19時43分 北抑川地区・十字の道】
『本当に見つからないね……』
「十死の諸力の事だから独自に探知対策をしていると思ってたが」
八朝達が城内の一般開放区画を探し回る。
流石の観光名所と言われるだけあり、行方を眩ませるには十分な人の量であった。
『そろそろ晩御飯の時間だよ?』
「……折角南抑川からここまで虱潰しにしてきたんだ、もう少し粘りたい」
『確かに、なんかもったいないよね』
抑川地区の残りの区画と言えば、本当に城裏側の北岸ぐらいであった。
道一本の捜索ぐらいなら数分ぐらいで何とかなる。
『それより、本当にどこかで身を隠してるの?』
「ああ、俺の時も化物が入ってこれない地下通路を中心に逃げ回ってた」
エリスが訝しむのも致し方ない、こればっかりは体験した人にしか分からない。
逃走の基本は安全地帯での休息であり、道中の移動も安全地帯同士を繋ぐ直線上を素早く移動しなければならない。
その上で彼女と先程会った『篠鶴駅』、そして去っていった西方向を考えたらここ抑川地区ぐらいである。
地下通路が有名で多数の異能力者が蔓延っている事を除けば、あとはこの北岸のみ。
抑川地区北岸……通称『十字の道』も化物が侵入できない安全地帯であり、彼女が身を隠すにも丁度良い。
『でもやっぱりいないね』
「変だな……もしや遠海神社まで逃げたのか……?」
遠海神社へはそう距離は無いが、篠鶴駅からのルートだと遮蔽物が殆ど無い。
セオリーから考えると狂人の選択としか言いようがない。
『話は変わるけど、前……?の世界での七殺ってどうだったの?』
「……終始、狂っているように見えた
だが『影踏み鬼』の時の彼女は間違いなく正気だったと信じたい」
八朝が沈痛な面持ちで呟く。
些細なボタンの掛け違い……エリスも話で聞いた時はそれぐらいにしか思っていなかったが、この表情を見て考え直す。
『それでさ……』
エリスが何かを言おうとして、その前に世界があり得ない方向に遷移した。
並ぶ十字架が折れたり倒れたりして劣化し、その足元を悉く水が覆い、空には明るすぎる星月夜。
『え……これって沈降帯だよね!?』
「あり得ない……こんなところに化物が……!」
八朝が呆然と呟いた言葉、半分は正解で半分は不正解であった。
確かに寺社仏閣等の安全地帯は5つ目級未満を退ける。
この基準を満たす化物数が全体の9割なので確かに化物がいないのである。
5つ目級以上は侵入できるのである。
「ほう……この時間にも我らの子は出歩いているのか」
十字の道の向こうから悠々と歩いてくる女性。
誰もいない異常なこの状況で、彼女の赤い目が更に不気味さを引き立たせている。
『誰……!?』
「ほうほう、我が存在は百年程度で零落する物か……悲しいものだな」
こちらを睨みつける目からは濃度の高い殺意が込められている。
勇気を振り絞って、八朝が口を開く。
「紫府大星……だな?」
「ほう……ほう!
我が真名を知る者がいたとは!!」
幾分か殺意は和らいだ気がする。
だが、その隙間を埋めるように、今度は空気を振るわせる程の闘気が満ちていく。
「如何にも、我は紫府大星!
だが、我らは天象の名で呼び合うのが常だ」
『天象って……』
エリスの懸念は正鵠を得ていた。
天象とは妖魔天象、即ち彼女が妖魔である事を表す。
「我が名は下食礫
……即ち積天崩墜の先駆けと知るが良い!」
妖魔の攻撃とエリスの障壁魔術が衝突する。
だが、たった一撃で六層全てが割り砕かれる。
「……ッ!!」
「防いだか
だが、まだ序の口ぞ?」
再び妖魔の姿が掻き消える。
彼女が何かに着地するたびに、まるで見えない礫に打たれたかのように瓦礫が打ち砕かれていく。
だが、一向に攻撃してこない。
……もしかしなくても彼女に遊ばれているのか?
(そうなら丁度良い!)
八朝が、喉に魔力を込めて詠唱の準備を開始知る。
狙うは二つ……峻厳の柱にして、見ただけで呪われる体質を自身に付与する■■と■■。
『我より袂を分かち、果ての天球へと至れ……■■・■■!』
『Immofa be baqrqdj / Sptrhe jw dhnomu / Ocufuvdm ai jmthjqax』
エリスも障壁魔術の準備を開始する。
相手はエリスの全力を一撃で割り砕くほどの実力者である。
一度でもしくじれば命はない
「さぁ、見せるがよい!
汝の『妖魔の門弟』となるべきその力を!」
『Ghmkv!』
お望み通り『翻訳』の状態異常を引き起こす力を発動させる。
……だが、一向に自身の身体が『火傷』に満たされる感覚が無い。
(馬鹿な!
失敗しただと!?)
考えてみれば当たり前の話である。
八朝が後に覚醒させた『至上の形』『峻厳の柱』は天仰から齎されたものであり、現時点では持っていない。
「……何だそれは?」
「まぁ、後からのお楽しみって事だ」
八朝が口から出まかせでブラフを撒く。
だが、武人同然の闘気を漂わす『下食礫』には一切通用しなかった。
「興覚めだ……死ぬがよい」
『Hpnaswbit!』
エリスの障壁魔術で妖魔の攻撃を1度は防ぎ切った。
……これが全力攻撃でない事を、妖魔の次なる一歩が証明した。
「一撃だと思ったか!? その慢心ごと砕け散れ!!!」
『■■■!』
またもや今の八朝に存在しない依代の名を唱える。
だが今度は■■■の黒雷が指先から迸り、妖魔の攻撃を部分麻痺で弱体化させる。
「……ッッッ!!!」
それでも防いだ腕の骨が折れる程の一撃に呻く。
妖魔同様に左膝を地面につき、今度は高笑いを始めた妖魔を睨む。
「今のは効いたぞ……
やればできるではないか、その調子で我に示してみせよ!!」
再び妖魔の天狗礫の如き移動が始まった。
続きます




