Case 30-0-2:Root A END2
2020年10月13日 完成
2020年10月26日 誤字修正
Case29-5-2から続いていますので、そちらに分岐した方からお読みください
【7月13日 篠鶴市外の為、取得不能】
最初の記憶は病院の天井であった。
医師曰く『5月21日の大洪水』の現場で意識を失っている所を発見され、この病院に搬送された。
目が覚めたのは5月28日……丸一週間意識不明だったらしい。
それから検査に次ぐ検査、リハビリの毎日が続いた。
だが、奇妙な事が2点ほどあった。
一つは『篠鶴市』という記憶の中の地名。
これを他人に聞くと決まってこう返される。
「何だい……地名……? 聞いたことが無いなぁ……」
これが自分と同年代の人間からしか聞かないなら気にする必要は無い。
看護婦、医師、入院中の名士の先生、市役所職員と満遍なく『分からない』なのである。
これぐらいなら記憶のバグなのだろうと納得はできる。
だが二つ目……『死の影』は看過できない異常であった。
それは入院10日目、身体がマトモに動けるようになり院内を自由に歩けるようになった頃。
(何だこの人……影が膝まで染み出してる……?)
院内で本来あり得ない程大きな影を持つ人間が見えるようになった。
そして、こうなった人間はその日のうちに死亡した。
人の死期を予告する影……という事で『死の影』と自分で呼んでいる。
大体は老人に発生することからも確信を強めている。
だが、ある日老人でも……ましてや神経内科や循環器内科でもない『整形外科』の同年代の女の子にそれが見えた。
検査の待ち時間で周囲の老人と楽しく会話し、人柄の良さそうな子が何故?
いい加減『死の影』を破る方法は無いのかと考えるようになる。
その日のうちに院内の図書室で最も魔術的な要素の書かれた本を手にし、該当のものを探す。
勿論見つかるはずもないので、悪魔祓いの方向でもう一度探そうとしたとき……
「それ、読んでる人初めて見ました」
あの女の子に話しかけられる。
熱中し過ぎて彼女の気配に気づくことが出来なかった。
「ああ……何か役に立たないかなって」
「役に立つも何もそれ『まじない』の本だよね」
確かに、こんなもので解決できるなら現代科学なんぞ必要ないだろう。
本を元の棚に戻そうとして止められる。
「それ、後で私が読みますので置いといて」
「それは構わないが、これ『まじない』の本だぞ?」
「うん……これが好きそうな子知ってるのでオススメしようと思って……」
言われた通り本を机の上に置いたままにする。
変な趣味の人間も居るものだと思って、それ以上は詮索せずに立ち去ろうとする。
「そういえばあなたって?」
「……名前?」
「そう、名前! よく気づいたね!」
確かに目的語が無かったのに彼女の言いたい事がするりと理解できてしまった。
……と、言われても何もならないので取り敢えず名乗っておく。
「俺は■■■■……」
そうだ、確かもう一つおかしな所があった。
『名前』が聞き取れない……自分のも、相手の名前も聞き取れないし万が一聞き取れても理解が出来ない。
だが、もっとおかしかったのは彼女の反応であった。
一瞬泣きそうな表情を浮かべた後、直ぐに涙を一拭いする。
「私は三刀坂涼音!
また、図書館で会えたら嬉しいな!」
聞き取れた。
そして日が落ちても、それから何時間経っても覚えている!
だが、彼女の命のタイムリミットである0時まで半刻も無かった。
もう一度会いたい。
彼女が可愛かったからという事もあるが、何よりも今までの異常な状況の中で唯一正常に認識できる人間である。
自分がこうなった理由の手掛かりがあるのかもしれない。
藁にもすがる思いで神に、仏に、助けてくれるなら悪魔や鬼神、ある筈もない自分の記憶に縋って祈りをささげる。
『■■■■■』
(何だ? この音は……でも……)
発音できる気がする。
得体の知れないモノであるが、これに掛けるしかない。
『……■■■■■』
すると自分の両手に黒い霧が集まり、纏わりつく。
何が何だか分からず振り払おうとばたばたと動かし、やがて叩き潰せば良いと思い両手で柏手を打つ。
その両手の中にカードの山札が出て来た。
「これは一体……」
カードを一枚引く。
それは裸の少年が星空の下で川に水瓶で水を注ぐ絵が描かれたカードであった。
大アルカナ 星
『希望』『大願成就』、逆位置であれば『見込み違い』
対応する小径は『sad』
原カナン文字で『植物』を意味し、自分の場合は……
「……ッ!」
謎の知識が頭から流れ込む。
そして『植物』のイメージ通りの黒い影が病院内でばらばらと見え始める。
(嫌な予感がする)
俺は夜勤の医師の巡回ルートの裏をかいて院内を進む。
植物っぽい影が段々とその密度を増していき……ある病室前で真っ黒な影になるほどの密度になった。
プレートには『三刀坂涼音』
間違いなく、今日死ぬ彼女の名前がそこにあった。
(……いきなり部屋に侵入するのは忍びないが!)
ドアを静かに開ける。
個室であるらしく、彼女以外のベッドは存在しないらしい。
だが、直ぐに異常が見て取れた。
「誰か……誰か……!」
彼女が夥しい量の影の蔦に覆われ、ベッドから1ミリも動けてない。
「助けて■■君!」
電撃を打たれた様な感覚であった。
何故か目の前の少女を助けなくてはと、その手を伸ばす。
どうやって?
言うまでもなく、こう唱えればいい。
『■!』
俺の手に大きな筒が現れる。
使い方は、筒の穴の方を目標に向けて数秒待つ。
そうすれば『花火』が放たれる。
「花火だって!?」
本当に筒から花火が発射された。
至近距離で飛び交う火薬の星に恐れを為して目を瞑る。
だが、三刀坂とやらは別の光景を目にしていた。
火薬の星が影の蔦を焼き払い、それが照らした先に『彼』の姿があったからである。
やがて花火が無くなった事を確認し、恐る恐る目を開けると当然のように驚いた表情の彼女が見える。
「あ……いや、すまん
お騒がせしました」
立ち去ろうとして『待って』の声が掛けられる。
「キミも『影』が見えるの?」
それからの日々は愉快なようでそうでもない大変な日々であった。
正義感の強い彼女に引っ張られ毎日毎日『死の影』退治であった。
偶には休ませてくれと懇願しようにもそうはいかない。
あの日以来毎晩彼女に『死の影』が襲い掛かるようになったのである。
例えば『霧吹き』とかであれば気付かれずに立ち去れる。
それ以外の大音響を伴うモノの時は大体起きている。
そして彼女も毎日襲われ、俺に祓われている事を知ると起きて出待ちするようになった。
また、昼間に会話することも多くなった。
「だよねー……誰も篠鶴市を知らないなんておかしいよ……」
「本当に何なんだろうな」
「それとさ、キミも■■高校なんだっけ」
「そうらしい、ついでにクラスも2-3って……」
「それ私もなんだけど」
少々の沈黙が流れる、やがて彼女の方が耐え切れずに笑いだす。
「なーにキョトンとしてるの!
これからも一緒みたいだし、よろしくね!」
そして今日はその初登校日である。
地図と何度も睨めっこして道を確認していく途上、10メートルもしないうちに彼女の姿があった。
「あ、実は私もこの施設なの
道分からないなら教えてあげる!」
何か呪いじみたものを感じるが、好都合である。
毎晩のように『死の影』に追われる彼女と離れようものなら命の保障が出来ない。
安堵の溜息を彼女に気付かれる。
「あ、何よ……もしかして私がテキトーだって事思い出したの?」
「……? 何の事だ?」
彼女がハッとなって口を押える。
やがて小声で『……り、まだ思い出して……』と聞こえた気がする。
「一体どうした?」
「!!
ううん、何でもないよ! さぁ、しゅっぱーつ!」
彼女に無理矢理連行されるように手を繋がされる。
一瞬見た足元が未だに真っ黒である……あの『死の影』はまだ消えてくれない。
彼女はこれからも『死の影』に怯え続けるのか?
それが堪らなく嫌で、だが何かを決意したかのように彼女の顔を見る。
「どしたの?」
「いや、これからもよろしくな三刀坂」
「うん! よろしく!」
彼女のこの笑顔を守ってみせると……
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NORMALEND1 忘却 - Amnesia
END
これにて第一章(RootA)のNORMALENDを終了いたします
もう既に主人公も三刀坂も篠鶴市と無関係になりました
という事でこの話で新しい物語になるようストーリーを組んでみました
このエンドのみ『創造神』の手から離れることが出来ます
それがどんな意味を持つのかは第二章(RootB)以降で明らかになっていきます
そういった意味で最も異色なエンドとなっています
さて、これから彼らがどんな物語を紡いでいくのか私からはもう語りません
(一応エンドと銘打ったのでこれで許してヒヤシンス)
それでは第二章(RootB)開始まで少々お待ちください
今後も当小説で楽しんでいただけると幸いです




