Case 28-3
2020年10月9日 完成
2020年10月9日 誤字修正
立ちふさがる機関長と時空歪曲能力。
奇跡的に善戦していたが、とうとうその時が来た……
【5月20日10時58分 辰之中・『月の館』付近】
「……何らかの、我々が知り得ぬ法則で防いでいるというのだな八朝風太!」
機関長が悉く無効化される地震の攻撃に苛立って叫ぶ。
それでも八朝は何も答えはしなかった。
組織のトップになれるような強者に、欠片でもヒントを与えようものなら逆転しかねない、という八朝の過大評価。
そしてしびれを切らした機関長の決定が両者の運命を決めた。
「……では、最大火力で区画諸共消尽してやろう」
また、全ての色が赤に変色していく異空間が八朝達を巻き込む。
今度は第五射撃の時に行ったものの数倍以上の長さで世界を停滞させる。
『断層装填 連鎖崩壊』
見上げると機関長の指先にあった灯と同じ色の星が空を埋め尽くしている。
その全てが土星の性質を示しているのに、それまでと比べて文字通り格が違う。
言うまでもない。
土星に照応する『理解』はそれまでのセフィラと異なり、深淵の覆いの向こう側にある至上のセフィラである。
「駄目だ……」
八朝が思わず呟く。
その絶望が感染したのか、思わず三刀坂も構えを解いてしまう。
「どうした、抗わねば死ぬぞ?」
機関長は心配でも戦闘狂的な狂想でもなく呼びかける。
弾かれた様に再び思考へと戻る。
(依代による流失も……あの量では焼け石に水
丙の被剋たる『癸』を用意するには……いや)
八朝が三刀坂に小声で相談する。
(三刀坂!
この水全部持ち上げられるか?)
(……『弾圧』ならできるけど)
今更ながら思い出す。
彼女の能力に対して行った対人特化による負担軽減がここにきて裏目に出る。
『■■!』
灯杖を構えてダメージ軽減を狙おうとする。
……少なくとも三刀坂だけでも助ける目的で空の星々を睨む。
「その意気や良し
だが、それも一瞬で終わらせてやろう」
『第三射撃!』
星が落ちてくる。
遥か遠くにあるのにもかかわらず、皮膚が焼け爛れるほどの激しい閃光を浴びる。
破滅的な一撃が……突如として消え失せた。
代わりに現れた濃霧の中からある声が聞こえてくる。
「おうお前ら
こんなところで何やってんだ?」
「飯綱……さん……?」
「なんだその顔は? 幽霊でも見たんか?」
放心する八朝達に対して、機関長が怒気を滲ませる。
「後門……仕事はどうした?」
「残念、これも仕事でな」
「……俺は何も問題を起こしていないが?
しかもそちらは無断欠勤に加えて執行妨害……『懲戒処分』も止む無し」
「ほう、そうかいそうかい
俺も丁度組織辞めたかったところだから助かるわ」
飯綱が再びこちらを向く。
「ま、つーわけでコイツは俺の仕事でな
そこ邪魔だからさっさと行ってくれないか?」
「……マスター達を騙したのか?」
「騙すわけねーだろ、こんなゴタゴタに巻き込ませりゃ後に禍根が残るのお前でも分かるだろ」
そういう事だ、と飯綱が笑いかける。
それでも納得しなさそうな八朝の表情を察知する。
「ま、お前には個人的な借りがあるからな」
「……」
「柚月を人間として葬ってくれてありがとうな」
それっきり何も言わなくなった。
最後の言葉に何としてでも反論しようとして、三刀坂に手を掴まれる。
「行こう」
「……ああ」
八朝達が『ロゴスの大樹』へと通じる階段へと向かう。
機関長はそのそばを通っていく彼らを一顧だにせず、倒すべき敵を睨みつける。
「あとお前の罪状はそれだけじゃねぇな
七殺、ミチザネ事件、そして『第二射』で三刀坂博士の家族を不幸に貶めた大罪
お前こそ万死を以て贖うべきだよなァ!?」
「……我一人でお前に挑むと思ったか?」
瓦礫の陰から二人の人影が追加される。
一人は『倭文の神』と呼ばれた左壁、もう一人は『遊魂六掌』の右壁。
この場に『篠鶴機関』のトップがそろい踏みとなる。
「お前がそうなることは最初から知ってたぞ?」
「観念しなさい、私はあなたと戦いたくない」
右壁の気遣いを鼻で笑って後門がこれまで隠していた殺気を開放する。
「ま、お前らが相手なら改めて名乗らせてもらう
俺は片滋飯綱……ではない
俺らは『天象』の名で互いを呼び合うからな」
飯綱の周囲が急速に冷え始める。
地面の冠水を凍らせ、罅を引き起こし、靄が彼の姿を覆っても気温低下が止まらない。
「な……『天象』ですって!?」
この篠鶴市で『天象』と言えば一つだけ……妖魔天象を指す言葉である。
鳴下家現当主が封じ込め、もはや空想上にしか存在しないと語られた災害が目の前に立ち塞がっている。
「……」
機関長は厳かにその様子を見守る。
空気が凍り付いて碧色の破片がぼとぼとと零れ、体積・気圧減少により荒れ狂う風をもものともしない。
「八熱に業風あれば
八寒にもまた業風あり
二百由旬を覆うは、我が威たる笞杖五刑」
固体化した空気を握りしめ、鞭音を響かせる。
それだけで皮膚が裂けて血が迸るような偽の苦痛を味わうようである。
「名を嗢鉢羅 青蓮地獄の業風なり」
続きます




