Case 23-2
2020年9月16日 完成
神出来の功績により束の間の日常を取り戻した八朝達。
だが、肝心の彼女が七殺に襲われ、窮地に陥った所に謎の力で転移させられる。
【5月18日11時3分 場所不明】
「……ここは?」
目を開けると、コンクリートがむき出しになっている広い空間が飛び込んでくる。
七殺の初見殺しにまんまと引っかかった罰が、こんな殺風景な冥界だとは思いもしない。
「私の父が所有しているビルの一角だ」
八朝の独り言じみた問いに答えたのは、またしても謎の青年であった。
……そう、八朝は直接彼に会った事は無い。
「誰だ?」
「あれだけの死闘を繰り広げた相手に失礼ですね、君」
そう言われても何も思い出せない。
傍らで伸びていた三刀坂も目を覚ます。
「……うーん」
「ようやく目覚めましたか、三刀坂さん」
「その声もしかして用賀君?」
三刀坂が警戒を滲ませる声で答える。
そして八朝も、ようやく青年の正体に思い当たる。
「……掌藤親衛隊のか」
「私と同じタイプと期待していたのですが、まさかここまで察しが悪いとは思いませんでした」
用賀が嫌味を口にする。
つい何日か前に殺し合った相手に名前すら覚えられないとなると致し方なかった。
「三刀坂、知り合いなのか?」
「お父さんとお母さんのライバルの息子、何回か会ったことあるけど嫌味ったらしくて気が合わない」
「君はその口性無さが問題だとあれほど言って聞かせたのに……」
確かにひどく批判的な印象であった。
ただ、ほんの少し同意できるなんてことは墓の下まで持っていこうと八朝が決意した。
「そして君は詰めまで甘い
虹に触れて禊すらしない……だがお陰で助かりました」
「……目的は何だ?
雨止への復讐か?」
八朝が依代を構える。
篠鶴機関が訂正したとはいえ、先ほどの事件でその信用が揺らいでいる。
重要参考人を弱った状態で密室に呼び出し、報復の限りを尽くすのだろう。
だが一向に用賀は何もしてこない。
どころか呆れてものが言えない、という様なジェスチャーまでしてくる始末である。
「復讐は正解です
だが、雨止様が貴方単体に後れを取るなんてあり得ませんね」
「そうか」
「貴方達を呼んだのは雨止様を殺した不届き者の情報を得る為です」
そして雨止の当時の行動記録を掻い摘んで話し始める。
実力差、だけでなく八朝にアリバイが存在している事も彼が八朝犯人説を否認している論拠になっている。
「それで、無関係の俺たちをどうして呼んだ?」
「雨止様の死因は巷で話題の『人体溶解』
ですが、あの演説より6日も早い……墓標が最初から狙っていたのでしょう」
「それがどうした?」
「飼葉が『伝令の石』を持っていたことも知っています
そして彼の入手ルートを辿っていくと必ずある人物に行き当たります」
「……」
「鹿室正一郎、あなたの親友です
さらに貴方にはミチザネ事件にて同じような物を使っていたという目撃証言もあります」
「貴方……墓標と繋がっていたのではないのですか?」
まさにその通りであった。
ここで素直に白状すれば彼から殺される可能性がある……だが
「ああ、彼から情報を買っていた」
「……」
「だがあの事件の事は俺も知らなかった」
「でしょうね」
案外素直に引き下がったのである。
八朝は不意の態度軟化に呆気に取られるだけとなった。
「貴方が墓標の協力者ならあんな危険な代物を託されるわけがない
大方、飼葉や鹿室と同じく彼に利用されていただけでしょう」
八朝は内心で歯噛みする。
今まで目を逸らしていた弘治の裏切りを、こうして明確な言葉でもう一度思い知らされる羽目となった。
「ねぇ……さっきからずけずけと……」
「事実ですから、偽る必要はありません」
三刀坂からのフォローが入る。
だが恐らく今の彼は人の道理を問うてるとは思えない、話を続けるしかない。
「それで、何が知りたいんだ?」
「墓標との会合場所……そのルートについて」
「残念だが、アンタにはたどり着けない場所だ」
用賀が顔を顰めるが、これも事実である。
昨日の確認でルートが使用不能になっていた事、そして場所がフォレストラット外である鳴易旧トンネル内の自室であった事を話す。
「なるほど……助かりました」
「待て、何をするつもりだ?」
「決まっています
雨止様への弔い合戦です」
用賀が決意を抱いてそう言い放つ。
掌藤親衛隊で唯一の生き残りの彼だからこそ、もう退く事すら許されていない。
「相手は墓標……あの十死の諸力だぞ」
「構いません
私には死しても一度だけ復活する力がありますから」
それはウラジミールの改宗に因んだ『預言者エリヤ』の能力である。
だが、それは墓標どころか辻守に破られたはずのギミックである。
「ああ、だからアドバイスだ
もう少し『トリグラフ』……月暈の七色が持つ逆天動説の力を信用しろ」
それは辻守からの報告で修正した用賀の異能力像である。
その言葉が正しいなら用賀の異能力も八朝のカバラと関係が深い。
彼が立ち止まり、八朝を問い殺してくることを期待していたが……
「忠告ありがとうございます
ですがこれは私の復讐です」
そのままここから立ち去って行った。
それが用賀と八朝の違いであった。
続きます




