Case 21-2
2020年9月6日 完成(22:04)
セーフハウスとなる神社には飼葉ではなく丸前がいた。
死闘の果てに八朝達の姿が忽然と消え去った。
【同日13時00分 異世界?】
「どうやら間に合ったみたいね」
凛とはしているが不満げな声が聞こえる。
一瞬部長かと思ったが、彼女は死人である。
「……間割?」
「せーかいせーかい!」
「あなたが答えなくても良いのよ」
鍵宮のとぼけた声で漸く安堵のため息が出る。
つられてそこらに転がっていた三刀坂も目を覚ます。
「……あなた達がもしかして」
「ええ、退魔師よ。
訳あって彼の異能力を鍛錬しているわ」
三刀坂が警戒心と共に騎士槍を解く。
風胃を見渡すといつもの『隠し通路出口』とは少々違った風景である事に気付く。
「ここは……?」
「私たちの家の前だよ!
急ぎの用事があったからここに無理矢理転移させちゃった」
てへ、と持っていた石を掲げる。
どこかで見たような魔法文字と、周囲を歪ませる程の魔力が渦巻いている。
「いままで鍵宮が俺を転移させてたのか」
「そ、もしかして意外だった?」
「意外も何も間割と同レベルなら何か隠し持っているだろうとは思ってた」
間割が『遡及』の力を持っているなら鍵宮は『移項』の力だという。
この世界の全ての被創物に存在する文字を介した座標操作能力。
ただ、そんな事を言われても八朝達にはさっぱり分からなかった。
「そんな顔されてもなぁ~
でもでも、その『文字という歪み』を扱う私だから言える事もあるんだよ」
「それはどういう事だ?」
「そこのエリスちゃんはもう助からないよ」
そこでようやく気付く。
鍵宮と同レベルで騒がしい彼女が沈黙を守っている事に。
無理もない、転移寸前で見たあのバグの嵐はつまりそういう事である。
エリスは致命傷を負っていた。
「エリスちゃん!?」
三刀坂がエリスを発見したらしく、慌てて駆け寄る。
バグの嵐が落ち着き、その隙間を埋めていたブラックアウトの面積がさらに拡大していた。
「うん、もうこれ瀕死だね」
「……どうして分かるんだ?」
「妖精ってのはね端的に言うと『生きた自然の歪み』なんだよ。
歪みを生じさせ続けるには『核』が必要なんだけど、エリスちゃんにはそれがもう無い」
「お別れを言うなら今のうちだと思うよ」
鍵宮が沈痛な表情で八朝を促す。
呆然自失となっている八朝の代わりに三刀坂が食って掛かる。
「だったら、鍵宮さんが何とかしてくださいよ!」
「うーん……してあげたいのはやまやまだけど全部受け入れられないような手段になっちゃうなぁ」
元々妖精は専門外と付け加えて蘇生案を数点話す。
いずれも『人格以外消滅』『地縛霊化』『全くの別人になる』と論外中の論外なものであった。
「あ! でもフェリーゼちゃんなら専門だし……」
「駄目よ
人間嫌いの極北のような彼女がこんな願い聞き入れる訳がない」
三刀坂が耳聡く小声の会話を聞き取り、間割に縋りつく。
「……無理なものは無理よ
第一、彼女は妖魔よ……篠鶴の人なら寝物語に聞いたんじゃない?」
妖魔とは天候操作能力を持ち、篠鶴一帯を荒らしまわっていた亜人の総称である。
現当主の鳴下文が鳴易山地の奥に封じるまで、まごう事なき恐怖の象徴であったという。
「そんな……」
三刀坂の絶望の呟きと共にエリスの命脈も尽きた。
エリスが入っている筈の端末は真っ暗となり、悲しみに沈む八朝の顔を反射して映すのみであった。
(また約束を……)
今度の一撃は八朝の心をへし折るレベルであった。
「……私たちが急いでいたのは何も八朝達を助ける訳じゃないわ」
「私たちもお別れを言いに来たの」
八朝が『意味が分からない』という顔を向ける。
言葉が足らない間割に代わり鍵宮が説明を付け足す。
「んーとね、八朝ちゃんがね■■を殺した事で、彼女から作られたあたしたちも存在が保てなくなっているの」
「作られた?」
「そーだよ
だからね最後の力で八朝ちゃんたちを助けて、それと伝言!」
「『大丈夫、今のキミなら字山君に返してもらった力を使いこなせる』」
いつの間にか半透明となっていた鍵宮がこちらにくるりと向き、宣言するように伝言を伝える。
その姿を掴もうと走り出した八朝の手が、空を掴むだけとなった。
後ろで肩を叩いて間割も『私たちの家を好きに使いなさい』と残し、彼女も消滅した。
森の木々の向こうにはひっそりと二軒の家が並んでいた。
続きます




