Case 20-4
2020年8月30日 完成
決死の覚悟で学園生と三刀坂を引き剥がし、逃走に成功した八朝。
彼らは誰にも見つからない場所……即ち指名手配の飼葉がねぐらにする神社へと向かう。
【同日10時00分 抑川地区・篠鶴地下迷宮入口】
「ここまでくれば大丈夫だろう、エリス」
エリスが返事一つで三刀坂の体勢を整え、地面に着地させる。
暴れて疲れたのか先程から何一つ言わなくなっている。
「この先に暫く身を隠しながら生活できる場所がある、それまでの辛抱だ」
「ね……ねぇ……」
ようやく何か文句の一つでも聞かせてくれるらしい。
彼女の言葉を聞き逃さない様に足を止める。
「どうした?」
「い、今からでも戻ってちゃんと説明とかできない……かな?」
それは『学園に戻りたい』という三刀坂の本心であった。
だが、それだけは叶えることができない。
「……残念だが、それは無理だ
万に一つの奇跡が起きない限り俺らは日常に戻れない」
「ッ!」
三刀坂が絶望にも憎悪にも似た表情を浮かべる。
無理もない、彼女はまた居場所を失ってしまったのである。
だが、今回の事でハッキリとしたことがあった。
「三刀坂……まさかとは思うが……」
八朝達の目の前にある扉が勝手に開く。
バックステップで距離を取っても何も起きない……やがて中から見知った顔が現れる。
「神出来……さん……?」
三刀坂の部の後輩にして無二の親友の神出来縁が無言でこちらを見据える。
八朝が依代を構えても何もしてこない。
やがて、神出来の方が先に口を開く。
「教えて涼音先輩。
最初から十死の諸力だったの?」
目頭に涙を溜めて、親友に向かって直球の質問を投げかける。
ようやく彼女の浮かべる表情が『敵意』であると悟る。
「それを知って何になるんだ?」
「黙ってて
これは涼音先輩との話なの」
「そうはいかない
場合によってはお前も排除する必要がある」
八朝は待針の針先を向けて相手を威圧する。
ただ相手を拘束するだけでは終わらない、そんな嫌な予感に神出来が冷や汗をかく。
「そうだよ
縁ちゃんに会う前から私は聖堂だった」
その一言で神出来の顔が険しくなる。
こちらに向かってずんずん歩いてくる神出来と反比例して八朝の構えが崩れていく。
その八朝の体勢を完全に崩したのは三刀坂であった。
「待て!」
「待たない!
キミが出来ないなら……!」
騎士槍を手にし、突進攻撃を仕掛ける三刀坂と電子魔術の発動態勢を整えた神出来。
それぞれの一撃が、お互いの身体を掠め致命的なダメージから免れる。
やがて崩れ落ちたのは神出来の方であった。
「どうして……どうして……」
神出来の涙に濡れた声が心をギリギリと締め上げる。
そんな彼女を無視して先を急ごうとすると、再び大声で呼び止められる。
「何か用?」
「違う
涼音先輩じゃなくて八朝先輩に聞きたいの」
「何だ?」
「涼音先輩が十死の諸力と知ってて助けるの?」
少し間を置いて、正直に答える事に決める。
「ああ、三刀坂が十死の諸力であることは既に知っている」
「なら……!」
「だが俺は三刀坂と約束している。
たとえ彼女が大量殺人鬼だったとしても、依頼を達成するまでは何が何でも守り抜く」
それを聞いた神出来がかすれ声で『ズルい』と呟く。
神出来が十死の諸力と何があったのか推し量ることはできない。
だが、確かに八朝は彼女の選べなかった道の上にのうのうと立っている。
「……めないから」
「……」
「絶対に認めないから!
涼音先輩が十死の諸力だなんて絶対に信じないから!」
振り向きもせず走り去っていく。
神出来の姿が見えなくなったところで、袖を引っ張る感触を覚える。
「あ、あれならちゃんと事情を話したら……!」
「駄目だ
そもそも俺が十死の諸力の本当の姿を知っているのは字山のお陰だ」
「それが無ければ俺も学園生側に加勢していた」
短く悲鳴を上げて恐怖の表情を浮かべる三刀坂。
いや、恐怖じゃないのかもしれない。
「俺が憎いのか?」
「へ?」
「三刀坂の味方になり切れない俺を裏切者と思っているな?」
「そ、そそそそんな訳ないじゃない!
元にキミはこうして私を守ってくれて……」
「そうか?
今から俺は三刀坂から全ての居場所を失わせようとしているのにか?」
三刀坂が驚愕と絶句で固まる。
彼女もそろそろ気付いているのかもしれない……八朝が今から一体何をしようとしているのかを想像して顔が険しくなっていく。
「それでも私の味方だって……」
「その通りだ
……依頼を達成するまではな」
「……!
なんで……なんで……」
「なんでみんな私から全部奪おうとするの!!!
私だってこんなに苦しいのにそれも知らないで『じゃそれ貰うからね』とか言うの!?」
「そんな善人ヅラでよく口にできるな……!
殺してやる……殺してやる……!」
ようやく三刀坂の心の奥底が露呈した。
想像通りに一切の余裕が無くなっている……これでは相手を思いやる心すらも……
「その通りだな
所詮他人なんぞ我欲の為に笑顔で誰かを踏み潰せるクズに違いない」
「だったら……!」
「だったら何故自らを十死の諸力と明かした?
それこそクズ共の思惑通りじゃないのか?」
三刀坂が一頻り絶句した後、言い訳のように言葉を紡ぐ。
「だって……それこそ説明したら……」
「クズ共はそんな戯言信じないと思うが?」
「でも……!」
「ああ
そんな未練があるから尚更三刀坂を学園に戻せない」
「残念ながら、あの瞬間の三刀坂は自分から居場所を壊したんだ……だからもう戻らない」
三刀坂は今度こそ嗚咽しか漏らさなくなった。
今まで気づきながらも認めたくないという一心で抑圧していたそれを不本意に晒されて心が折れてしまった。
「先を進むぞ」
「……放っといてよ」
「それはできない
三刀坂に本物を会わせるまで守ると約束したからな」
再びエリスに浮遊魔術を掛けてもらい三刀坂を運搬する。
今この状況で膝を折ることは許されない、だが今の彼女には膝を折って憐憫に沈む権利があって然るべきだと八朝は思う。
(まだ何も分からない
だが、無意識に悲しい方を選び取ろうとする程の憎悪から三刀坂を何としても……)
「どうしてクソ苦手な心理描写に挑戦したんだ言え!!!!!!!!」
勿論続きます
今回遅れてしまって本当に申し訳ない……




